不幸は続く
―琉歌 自室 夜―
「寝れないなぁ……」
部屋を真っ暗にして目を閉じても、頭の中で巽さんと紗英さんが唇を重ねている姿が浮かぶ。忘れなくてはいけないのに、忘れたいのに、深く深く焼きこまれてしまったようだ。
(どうしたらいいの……?)
ずっとこの疑問を自分に投げつけては、どうすることもなく放置している。いや、考えたくないのだ。考えると心が痛くなる。でも、勝手に心が考えてしまう。
(どうせ寝れないし、お城の中を探検してみようかな……)
実際はそんな気分ではなかったが、そうでもしなければ気が紛れないと思った。ゆっくりと起き上がり、部屋の扉を開けた。
突然眩しくなって、目をまともに開いていられない。暗い所から急に出るのはよくない。だから、目を細め廊下に出た。
「おや、どうした? 眠れぬのか」
声のした方へ視線を前に向けると、そこにはお義父さんがいた。しわが深く刻み込まれたその顔で私を睨む。怒られてしまうのではないかと力が入った。
「……慣れぬ地で、慣れぬ生活。苦しいか?」
しかし、お義父さんの口から出たのは私に対する気遣いの言葉だった。「苦しいか?」そう聞いて貰えるだけで、涙が溢れ出そうになる。言おうか言うまいか悩んだ。苦しいです、と素直に言えば巽さんが怒られてしまうかもしれない。
「どうした?」
怪訝そうな表情で私を見つめる。鳥肌が立ちそうなほど恐ろしいのだが、恐らくお義父さんはそんなつもりではないのだろう。でも、言わなかったら殺されてしまいそうだ。
「あの……この国では幼馴染とは口づけをする習慣があったりするのですか?」
恐る恐るの質問。言い終わった後になってから、鼓動の音が大きくなる。
「幼馴染との口づけ? そんな習慣は……」
「その、巽さんと紗英さんが口づけを……紗英さんとなら口づけは許されるので――」
私が紗英さんの名前を出した時、お義父さんは目を見開いた。
「嗚呼」
そして、途端にお義父さんの口調が変わった。
「え?」
「二人はいいんだ。二人は……まさか、そんなことで悩んでいたのか? 笑わせる……くだらん」
すっかり私への興味を失ってしまったかのように、お義父さんは廊下を歩き、扉を開けて部屋の中に消えていった。
「そんな……」
折角、頑張って伝えたのに。思いを踏みにじられてしまった。悲しみが込み上げてくる。
(どうして二人ならいいの? どうして私が怒られるの? 分からない、分からないよ……)
紗英さんの名前を出した時、険しい表情と声色が変わった。やはり、何かあるとしか思えない。もしかしたら、昼から感じていた違和感はこれだったりするのかもしれない。
上手く言えないのだが、体が宙を浮いているような感覚。夢の世界にいる気分だ。
「うぅ……うぅ……」
私は泣き崩れた。
「泣くなよ、俺がいる」
優しく励ますような声が背後で聞こえた。




