偶然と必然
―光儀楼 夜中―
「眠ってる? ずっと? 死んだってこと!?」
涙で潤んだ目を見開いて、僕の肩を掴む。
「違います……詳しくは言えないですけど、美月は生きています」
僕は、薫太夫の腕を掴んで見つめる。嘘ではないと証明するためだ。
「そう……でも……」
僕の肩から手を離すと、彼女は俯いた。何か考えを巡らせているのかもしれない。言葉巧みに、僕から美月のことを聞き出そうと企んでいるのかも。
「とにかく、今は僕の過去の話を教えて頂けませんか」
「う~ん……」
薫太夫は腕を組む。
(何を要求されるんだろうか)
「分かった。いいよ、教えてあげる」
「え?」
予想外の結果に僕は驚きを隠せなかった。僕の知りたいことは彼女が、彼女の知りたいことは僕が知っている。
しかし、弱みを完全に握られているこの状況で、情報を要求しても素直には教えて貰えるはずはないと思っていた。立場で言えば彼女の方が優位であるようにも思う。
僕の知られたくない過去、変装しここに来ている事実、彼女はそれを両方とも知っている。僕が警戒し過ぎだったのだろうか。
「あれ、知りたくないの?」
間がかなり空いてしまい、彼女は少し心配そうに聞いてきた。慌てて僕は答える。
「知りたいです! 教えて下さい」
「そう。で、何をどう知りたいの?」
「……幼い頃の僕はどんな人間でしたか?」
「う~ん……どんな人間だったか? 単刀直入に言うと抜けてた、と言うより馬鹿だった」
馬鹿、その二文字が僕に衝撃を与える。
「馬鹿!?」
「そんなに驚くことかな? 本当に酷かったよ。名前は全然覚えてくれないし、言ったことすぐに忘れちゃうし、注意力皆無だし……挙げればキリない。本当成長して変わったね。可愛さをそのままに、たくましさと男らしさも感じる。少し知的にも見えるようになったし。昔と今じゃ、まるで別人ね」
「最悪だ……」
過去の自分が最悪で嫌になる。最後に褒めて貰えたが、それが霞んでしまう。
「そうそう、今思い出したけど巽と美月の正体を知ったのも巽のせいだった! あたし達に自慢する為に、宝石沢山こっそり持って来て……美月も誤魔化すために必死だったのに、あたし達が巽に正体を教えろって言ったら、笑顔で『宝生巽だよ! 次の王様になるんだ!』って。美月も大変そうだったなぁ……懐かしい、楽しかったな。あの頃に戻れたら……幸せだろうなぁ」
儚く寂しげに彼女は笑った。
「貴方はいつからここに?」
「六歳くらいだったかな……両親が亡くなって、行く当てもなかった。そうしたら急に男達がやって来て、あたしはここに閉じ込められた。それからずっと稽古稽古稽古……辛かったな。で、かなり年月が経って今度は姐さんの所で接客の勉強をさせられた。ここに来てからのことは何もかも最悪……太夫になっても、外から見ればあたしはただの――」
「待って下さい」
誰かがいる、この部屋の前に。隠し切れていない匂いと気配。先ほどまでは感じなかったから、たった今来たのだろうと思う。そして、襖の前で聞き耳を立てているのかもしれない。
「どうしたの?」
「誰かが盗み聞きしてます」
「……そんなことも分かるんだ」
ボソッと彼女は言った。
「誰でしょうか」
「千幸かも……残念だけど、もうここからは話せない。もっと知りたいんだったら、また店に来てよ」
「……最初からそのつもりだったんじゃ?」
「まさか。想定外よ」
その笑みは怪しい。彼女は立ち上がって、最初座っていた座布団へと戻る。
「千幸、こっちへ来なんし」
「あわわわ……!」
襖が大きく何度か揺れる。動揺してぶつかってしまったようだ。そして、襖がゆっくりと開かれた。そこには、おかっぱ頭の真っ赤な着物を着た少女がいた。




