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僕は僕の影武者  作者: みなみ 陽
十五章 叶えよう、願いを
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思い出の中の人

―光儀楼 夜中―

「へ……?」

「王様。巽、ひさしぶり。一応、彼がいたから知らないフリしてたんでしょ?」


 目の前で平然と僕が王であり、巽であると言い張った薫太夫。彼女がその事実に驚いている様子は見られない。むしろ、嬉しそうだ。

 しかも知らないフリとは一体どういうことだろうか。


「あ、あの……知らないフリって?」

「あたしと巽が昔からの知り合いってことだよ。小さい頃、何度か遊んであげたじゃない。最後に遊んだのは海だった……はず」


 彼女は思い出を辿るように言う。


(どういうことだ? 何が何やら……どうしたらいいんだ? どう対応すればいい? どう答えれば?)


 予想の斜め上の回答に頭が真っ白になった。僕は知らない、いや覚えていないのだ。綺麗さっぱり、記憶から抜け落ちた彼女の存在。しかし彼女は知っている、思い出として。

 今まで僕は人のことを忘れたことはないと思っていた。しかし、その考えは誤っていたようだ。


「いつから……」

「町で見た時、前みたいに巽が女装してたから。すぐに分かったよ、勿論美月もね」

「あの……さっきから思ってたんですけど男としての僕をとか、女装とか……どういうあれなんですか」


 本心で言えば、知りたくない答えだ。知りたくないが、知ることを恐れてはいけない。


「ん? 昔から貴方は、皆の前に来る時は女装だったでしょ。でも、あたし達も最初は気付かなかったんだ、巽が男だって。気付いたのは最後に遊んだ海の時だったの。美月に騙されてたって聞いて、もう笑っちゃった。だけど、その後笑えないことが起きてしまったし……ねぇ、それが原因で外に出るのが怖くなったの?」


(美月に騙されてずっと女装!? なんてことを……そんな屈辱的なことすら覚えていないなんて……はっきり言ってこれは異常だ。僕は思い出を奪われたのか? でも、そんなことをする人なんて……)


 心当たりがあった。そんな行為をする人間なんて限られてくるし、それを平気で実行しそうな人。それは十六夜だ。なんの根拠もないが、疑うには今までのことから十分過ぎるくらいだ。


「ね、無視しないで」


 薫太夫が睨んでいた。背筋を氷でなぞられた気分になる。


「ご、ごめんなさい! なんでしたっけ?」


 こう対応していることが正しいのか、間違っているのか。もうよく分からなくなってきてしまった。


「海で溺れてから、外に出るのが怖くなったの?」


(彼女は昔の僕を知る手がかりになる……)


「多分……そうだと思います」

「多分? どうして自分ことなのに他人事みたいに言うの?」

「その……信じて貰えるかどうか分からないんですけど……」


 今まで誰にも言わず、必死に隠し通したこと。忘れているという現実から目を逸らし続けてきたこと。それを今日、この時を持って卒業する。折角のまたとない機会。


(僕が人間である時を少しでも延ばせるなら!)


 心の中で大きな覚悟を決めた。


「覚えていないんです。六歳以前の出来事を、思い出を。貴方のことを何も覚えていない。だから、その思い出を僕に教えて下さい。お願いします……」


 僕は頭を下げた。


「別にいいけど……そのことをあたし以外にも、ちゃんと言ってるよね? 普通そんなの大問題になるんじゃ……」


 頭を上げる。すると、何故か薫太夫が目を潤ませていた。


「言ってません。誰にもそのことを悟られないように、気付かれないようにしてきたので」

「駄目。そんなの。それに……昔から思ってたけど、巽って隠すの下手でしょ。美月ならすぐに見抜いてそうだけど……ねぇ、美月は今どうしてるの? 前は隣にいたよね? 外に行く時は、いつも一緒でしょ。吉原じゃ、あまり外の世界のことが入ってこないの。ねぇ、教えて」

「美月は……」


 心が痛くなる。それと同時に、まだ僕にそんな感情が残っていたのだと安心出来た。それが例え束の間でも。


「ずっとずっと、眠らされています」

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