凍った笑顔
―光儀楼 夜中―
「あ、そろそろ行かないと」
そう言って、突然小吉さんが立ち上がる。話の腰を折られた薫太夫は、口をへの字に曲げて不満そうにして見せた。
「どこに行くんですか?」
「フフ……用事だよ。今からかなり大事なことしないといけなくてね……本当はもっと薫と話していたかったけど、楽しいと時間はあっという間だ」
「あたしは、貴方を楽しませていたつもりなんて一つもないのだけれど」
確かにそうだ。二人の会話を静かに見聞きしていたのだが、薫太夫が女遊びが過ぎる小吉さんを説教しているようにしか見えなかった。真剣な表情の薫太夫に対して、幸せそうに微笑んでいた小吉さん。
「いつも我は楽しいけどね。君の仲間想いな話が聞けて」
(いつもってことは……薫太夫は小吉さんが来る度に説教をしているのか)
遊女の世界で浮気はご法度らしい。それなのに今までの話を思い出す限りでは、相当小吉さんは浮気をしまくっているように感じる。自分で遊び人だのなんだとと言っていたし、色んな遊女に手を出しているみたいだ。
しかし、彼には反省の色は一切見られない。
「はぁ……呆れる」
薫太夫は大きくため息をついた。
「ほどほどにしてるつもりだよ」
「貴方のほどほどは、ほどほどじゃないのよ」
「ハハハ……まぁまぁ」
どこかの夫婦みたいな会話だと思った。年もそんなに離れているようには見えないし、雰囲気も客と遊女というのを感じさせない。
(お似合いなんじゃないかな……って言っても二人共嫌がりそうだ)
「それにこんな時間から用事って……ねぇ、本当は違うんじゃないの? 普通じゃないように思うんだけど、いい加減教えてよ」
薫太夫がそう質問した瞬間、場の空気が凍っていくのを感じた。凍っていく空気の中心にいるのは勿論、彼だ。笑顔を崩さぬまま、彼女を威圧している。
「またその質問か……用事は用事。それに、どんな時間でも用事はある。外の世界ってのは、そういうもんなんだよ。あんまりしつこいと、嫌うよ? よし、我は失礼するよ。良い時間を。あ、タミの分は我にツケておくよう言っておくから。さらばだ」
固まった笑顔を浮かべたまま、小吉さんは襖を開けて去って行った。凍りついた空気も一瞬で溶ける。屈託のない笑みで、ここまで場を威圧出来るなんて大したものだ。僕も見習わなくてはいけない。
「……行っちゃいましたね」
「本当最低……まぁいいか、二人で話すことも出来るしね」
薫太夫は立ち上がると、僕の目の前にまでやって来て座った。
「え?」
「眼鏡似合ってないよ。初めて見た時からそう思ってた……いいえ、男としての貴方を初めて見たのは今日だけど、貴方自体は見たことがある」
そう言って、彼女は僕の顔に手を伸ばす。そして、僕がかけていた眼鏡を優しく外した。
「王様……でしょう?」




