説教
―光儀楼 夜中―
正直驚いていた。あらゆることが上手いこと行き過ぎている。本来であれば、もっとお金も時間も間違いなくかかっていたであろう。それが、隣でゆっくりくつろいでいる小吉さんと偶然出会ったことによって、無駄が全て省かれた。
(運がいい……か)
座るのに快適そうな座布団が置いてある上座、ここに彼女が現れるらしい。とりあえず、第一印象は良くしておかなければいけないだろう。僕は正座をして、彼女を待つ。
「タミ、緊張してるかい?」
「えぇ……まぁ」
僕の脳裏をよぎったのは、冷たい目で人々を見ていた薫太夫の姿。かなり怖い人なのではないかと思ってしまう。
「大丈夫だよ。でもまぁ、我もそうだった……思い返せばあれは――」
「自分語りはやめたらどうでありんすか?」
「え?」
声が聞こえた方へ振り向くと、上座には薫太夫が目を瞑って座っていた。
深紅の打掛を着て、正面で豪華な金色の帯を結んでいる。そして勝山髷に、頭が重いのではないかと思ってしまうほどの簪。昔、睦月がこれを真似しようとして叱られていたのを思い出す。
「まったく……いつも君はそうやって急に現れる。それに、わざわざその喋り方じゃなくてもいいんじゃない? 彼は我の知り合いだ。変に取り繕う必要もない」
隣であぐらをかく小吉さんは、呆れ交じりに言った。
「大丈夫でありんしょうかぇ?」
「大丈夫だよね? だって内密にしてくれるもんね?」
悪戯っぽく笑みを浮かべ、彼は人差し指を唇に当てた。
「はい、それは勿論……」
「だってさ、いつも通り気楽にいこうよ」
「そう……分かった」
そう言うと彼女は、ゆっくりと目を開けた。鋭い目が僕を睨む。
「そんな風にタミを見るのはやめてあげてよ。怖がってるじゃないか」
「目つきが悪いだけなんだ。ごめん」
彼女は目を伏せる。
僕が少し抱いた恐れの感情は、あっという間に二人に理解されてしまった。表情を上手く隠せるように練習した方がいいのかもしれない。残り少ない未来を、有利に進めていくためにも。
「あ、いや……僕の方こそ……ごめんなさい」
「どうせだったら、ずっと目を瞑っておく。その方が、あたしも劣等感を感じなくて済む」
「え!?」
(どうしよう!? どうしたらいいんだ!?)
「おいおい、あまりタミを困らせてやるなよ……可哀想だ」
「睨んでるつもりないけど、睨みたくないし」
「確かに最初は怖いけど……薫、君の瞳から感じる意思と絵に描いたような美しさ……首元から放たれるその色気……それを感じさせているのは薫の全てが美しいからさ」
「それ、小春にも言ったんだってね。純粋で無垢な子にそんな営業文句ぶつけるの、不快よ。どうして一人に絞れないの」
「我に、花園で眺める花は一輪だけにしろと? ハハハ! 無茶だね」
「指切りさせておいて、それはないんじゃない?」
「あの子重いよ……」
と、小吉さんへの説教が始まってしまった。
(この会話訳が分からないし、入りにくいな……それに特に何も言われないってことは、僕は嫌いではないってことなのかな?)
とりあえず、彼女としっかり話が出来るようになるのを待つことにした。




