叶わぬ思い
―裏庭 夜中―
「じゃあ頼んだよ」
「ん? あぁ……」
「任せて下さい! ゴンザレス様の補助をしっかりとします!」
ゴンザレスは眠たそうに、小鳥は楽しそうに言った。
「ふぁぁぁ……つーかお前、なんかその格好悪代官みたいで笑えるんだけど」
「国民の富裕層の男性の最近の流行りなんだって……浮いても困るし、あんまり好きじゃないけど仕方ないんだよ」
金の羽織に、赤の長着、袴は黒で鮮やかな万華鏡の模様があしらわれている。正直、目立ちたがり屋が着るような服であるとしか思えない。服の主張が激し過ぎる。
どうして、こんなものを好んで着ている人がいるのだろう。その者達と僕は、永遠に分かち合えない気がする。趣味も悪いし。
「あのさ……俺だけじゃ、そんなに不安なのか」
少し間をおいて、ゴンザレスが不満げに僕を見る。
「見抜く天才が一人来てしまったからね……圧倒的な信頼で補える存在が必要なんだよ。一応、外に行く仕事ばかり入れておいたけど」
「私が、しっかりと役目を全うさせて頂きます」
小鳥は笑顔だが、凄みを感じる。
「まぁいいや、俺は俺にしか出来ないことはやるから。てかもうマジ眠い。寝たい、死にそう。眠過ぎて頭が痛い。今すぐここで寝れそう。眠いな~あ~眠いな~。もういいか? 寝ていいか? なんかお前の仕事ハードにもほどがあるんだよ。まぁ俺、頭良くて要領も良くて顔も良くて――」
僕はゴンザレスに手を向ける。瞬間、ゴンザレスはバタッと地面に倒れた。
「え!?」
小鳥は、ギョッとした表情で僕を見つめる。
「眠たいって言ってたからね、眠らせてあげたんだ。それに、真夜中にゴンザレスの作った声聞くと腹が立つんだよ……じゃあ、夜話した通りに頼むよ」
「はっ、はい!」
「ぐがーーーーぐがーーーー」
耳を塞ぎたくなるほどの大声で、ゴンザレスはいびきをかき始めた。
「……行ってくる」
「お気をつけて!」
小鳥に軽く手を振って、僕はフワリと宙を舞う。ホヨから貰った肉もあるし、何かあったらとりあえずこれを食べればいい。
(この手で愚かな風習も、美月の願いも叶えてみせる。絶対に)
目的地は、男達にとっては夢の場所、女達にとっての苦界――吉原だ。
***
―智 客室 夜中―
「で、きた……」
絵の具で部屋は汚れた。しかし、今はそんなことどうだっていい。出来た。ようやく絵が完成したのだ。
先生が線を描き、私が色をつけた。それが先生からの伝言だったから。あの日の浜辺で巽様から聞いてから、私は毎日部屋に籠って集中した。失敗は許されないから当然だ。
見えにくい目を擦りながら、先生に言われたことを思い出しながら、今自分に出来ることを全てやった。
先生の新しい作品は巽様の肖像画。私と先生の合作が、巽様が赤のカーネーションを寧々様に渡している様子を描いた絵。しかし、後ろに隠された手には白のカーネーションが描かれている。あの日、あの時の出来事を完璧に写真のように描いていた。
この作品のメッセージ、それは揺れる心。
(あぁ……先生どこに行ってしまったんでしょう? 先生は気まぐれです。僕が先生からの伝言を守っていれば、きっといつか会えるでしょうか)
先生と初めて会った日のことを思い出す。
戦によって、全てを焼かれた幼い私の前に現れた先生。夜の闇から突如現れた金髪の女性に、当時の私は驚きを隠せなかった。生まれて初めて見る髪の色に瞳の色、見慣れぬ服も着ていたからだ。
泣き叫ぶ私に手を差し伸べることなどせず、戦火を戦火の中で先生は描き始めた。あの衝撃は忘れない。そして、何もかもが灰になった朝、先生は絵を差し出した。その絵は赤く強く無情に焼き払う炎を鮮明に描いていた。
さらに、拙い日本語で先生は「この炎を忘れてはいけない。ここにあったもの全てを忘れてはいけない」そう言った。この日、私は先生についていくことを決めたのだ。勿論、勝手に。
「ふふ……また一緒に旅したいですねぇ」
私は窓を開けて、空を眺めた。




