掌の上
―自室 朝―
早朝、うるさい一匹のカラスの声に目を覚ました。そのカラスは窓の向こうから飛びながらこちらを気味悪く見ていたが、僕が起き上がるとどこかに飛んで行った。
まるで、僕が起きるのを待っていたかのように。
「何だ……?」
何となく胸騒ぎがした。僕は眠い目を擦って、ベットから降りて窓を開けて下を見た。瞬間、衝撃的な様子が僕の目に映る。
「こ……れは」
地面には、数十人の忍者達の遺体が仰向けに綺麗に置いてあった。性別も年齢も関係なく、ただ殺すという目的の為だけに殺されている。それは、この位置から見てもよく分かった。
全ての遺体が急所から血を流している。ある者は心臓、ある者は首、ある者は目。隠していた顔もすっかり晒されている。
そして一番端にあった一人の男性の遺体。忍者達の司令塔のような存在、そして最後の砦。それを見て、僕は悟った。
「全滅ってことか……」
十六夜綴の暗殺、やはりそう簡単に出来るものではなかったらしい。この精鋭部隊をもってしても、あいつは殺せない。それが証明されてしまった。
しかし、恐ろしいもので遺体を見ても哀れみとか悲しさとか、悔しさとか憎しみとか怒りとか何一つ湧いてこない。その代わり、今の僕にあるのは――。
(これ色々しないといけなくなる……面倒だな)
まだ誰も騒いでいない、ということは誰も遺体を見つけていないということになる。もし見つかれば会合を開く羽目になる。そんなことをしている暇はない。
(いつあれを置いたんだ……さっきか?)
流石に、今の今まで誰も通らないというのは考えにくい。起きている者は働いているだろう。そして、ここを通る。それに異臭もする。
「可哀想だねぇ、巽もそう思うだろ?」
耳元で十六夜の声がした。まただ、また当然のように侵入して僕を嘲笑いに来たのだ。いつの間にか僕のそばにいる。昔からそういう人だった。まるで、美月みたいに存在感を操れる。
「お前がやったんだ、やったんだろう?」
振り返らずに僕は聞いた。
「命を狙われたからね? 正当防衛だよ」
(何が正当防衛だよ……全員急所を狙って殺すなんて、正当防衛の域を超えてる)
「最初に殺そうとしてきたのは彼らだよ? 人を殺すってことは、自分も殺される覚悟があるってことだろう? そうじゃないとおかしい……ハハハ、だって命を奪うなんてどんな理由があってもいけないこと。正義も悪もない。私は可哀想だと思うよ、君の命令に従って、命を奪わないといけなくなった彼らのこと……本当に君は最低だね。殺される責任を、彼らに押しつけたんだから」
目の前が突然真っ暗になった。十六夜の手が僕の目を塞いだのだ。その手は、温かくてどこか懐かしさを感じて……十六夜に目を塞がれた記憶など一度もないのに。一体何故なのだろう。
「巽は自覚してるかい? もう、君はとっくに悪だということを。私と同じ側の人間であることを……」
「あ……く……違う。お前と一緒なんかじゃない」
つい身を委ねてしまっていた僕は慌てて、置かれた手を振り払う。しかし、振り返ることは出来ない、十六夜の顔を見るのが怖い。自分の意思を貫き通せる自信がない。
「フフッ……じゃあどうして美月は眠ってる? どうして閏は眠ってる? どうして、睦月は駆け落ちなんてしちゃったんだい?」
「睦月……どうしてお前がそれを!」
「全部、私の計画通りの出来事だからさ。本当君には感謝してもしきれないよ……アッハハハハハ! あ、彼らの遺体は僕が預かっておくからね……いい材料になりそうだよ」
そう言った瞬間、十六夜がいなくなったのが分かった。遺体も消えていた。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛! 何なんだよ……何だって言うんだよ……僕のやることなすこと全部全部……あいつのっ!」
僕は、怒りのままに近くにあった花瓶を床に叩きつけた。
***
―自室 朝―
「そう、やってくれるんだね」
優しい笑みを浮かべる小鳥に、僕は微笑んだ。小鳥とゴンザレスが協力してくれる、これで計画を進めることが出来る。今日の夜にでも行こう。
「巽様……しかし私に上手く出来るかどうか……」
「大丈夫、君はいつも通りにやってくれたらいいんだ。ゴンザレスは数日間の旅行ってことにしておくから」
「あの、今までゴンザレス様が急にいなくなったり休みを取ったりしてたのって、もしかして……」
「さぁ? どうだろうね? ゴンザレスは自由人だから。それより計画の詳細なんだけど――」
僕のこの計画も全てあいつの掌の上なんだろうか。絶望的な気持ちにはなるが、一度やると決めたこと、美月の為だ。
美月の願いを叶えてみせる、絶対に。




