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僕は僕の影武者  作者: みなみ 陽
十四章 秘密を抱えた二人
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情けは人の為ならず

情けは人の為ならずとは、情けは人の為だけではなく、いずれ巡り巡って自分に恩恵が返ってくるのだから誰にでも親切にせよという意味のようです。


―廊下 昼―

 琉歌を部屋のベットで寝かせて、十六夜の部屋に向かっている時だった。


「ごめんな……ごめん」


 閏の部屋の前を通った時、またゴンザレスの声が聞こえ始めた。


(またか……毎日毎日……)


 あれからというものゴンザレスは、閏の部屋に頻繁に出入りしていた。恐らくだが暇が出来る度に、閏に対して謝罪を続けている。その謝罪の声なんて、届くはずもないのに。


(あ、そうだ。今言っておくか)


 閏の部屋の扉を開ける。部屋の中では、ゴンザレスがベットで横たわる閏の手を握っていた。ゴンザレスは、鬼のような形相で僕を睨む。


「なんだ」

「どうしてお前が謝っている? 別にお前が何かした訳でもないのに」

「……あぁ、そうさ。俺は何もしてない。何も出来なかった!」


 ゴンザレスの目からは、大粒の涙が溢れ出す。


「……閏が城から出てしまった時点で、もう救えなかったと思うけどね。自分を責めても仕方ないよ」


 悪いのはゴンザレスじゃない。どんな理由であれ掟を破って出てしまった閏、閏をこの状態にした賊、そしてあの抜け穴を放置した僕に一番の原因がある。ゴンザレスには、どうしようも出来ないことだ。


「慰めのつもりかよ。俺は何の為にここに来てんだよ……誰も救えてねぇんだよ……」


 守る為に、救う為にこの国に来たというのに、確かにゴンザレスは何も出来てない。睦月も美月も閏も皆、救えてない。皆を救う為に必要な事実を、ゴンザレスがどこまで知ってここに来ているのかが気になる。


「お前はこの世界に来る時、どこまでの事実を知って来たんだ」

「異世界ってことしか知らなかった。これから起こることも何も知らねぇ、それはあいつだって同じだ」


 あいつは、恐らく大人の小鳥だろう。未来や過去を知っているはずの二人なのに、何故それを知らないのだろう。


「どうして知らないんだ? 過去も未来も知ってるんじゃないのか」

「全く同じことが起きる時もあれば、起きない時もある。起きるにしてもちょっとずつ変化してんだとよ……お前の家族を救うのは俺の役目だって任されてたのに……誰一人として救えてねぇ……役立たずだ。俺は」


 その声は弱々しく、その顔は暗く、ゴンザレスらしさはない。声を変えるのも忘れ、弱気な発言をされると僕を見ている気分だ。いや、僕だけど。


「役立たず、か」


 自分に任せられたことが出来ていないのなら、その通りだろう。しかし、役立たずという言葉は聞くだけでグサッと来るものがある。


「来た意味ねぇよ……結局俺は今の所迷惑しかかけてねぇ……」

「来た意味はあるぞ」


 ゴンザレスは僕、それにどれだけの価値があるのかゴンザレスは分かっていない。僕に成り代わることで、僕の行動の幅を広げていくれているというのに。


「は?」


 僕はゴンザレスの前まで行って、見下ろす。


「また僕に成り代わって欲しい。美月の願いを叶えるためだ、協力してくれるよね? ゴンザレスにしか出来ないことなんだ……拒否するというのなら――」


 剣を抜いて、閏へと向ける。剣先が僅かに閏の喉元へと触れる。ゴンザレスの目が見開かれる、信じられないとでも言いたそうだ。


「お前っ……!」

「どうするの? やるの? やらないの?」


 時間がない、一番大事な存在に断られる訳にはいかない。思うように、事を進めるにはゴンザレスの協力が絶対に必要なのだ。最低で最悪な行為であることは分かっている。十分なくらいに。


「やる、やるに決まってるだろ……」

「そう、ありがとう」


 剣を鞘に戻す。


「また後で色々教えるよ」


 扉に向かいながら僕は言った。ゴンザレスが一体、今どんな気持ちで僕を見ているのか分からない。


「そうそう……一つ言っておかないとね」

「何だよ……」

「僕の家族は皆生きてる。皆、僕のせいでこうなっただけだから」


 それだけ言って僕は部屋を出た。これは、大きな発言で危険だ。ゴンザレスに対して情けをかけてしまった。僕の良心が働いてしまった。

 そう睦月は生きてるし、美月は僕が眠らせただけ。閏は脳などに奇跡的に外傷はなく、ただ精神的衝撃によって未だ目覚めないだけ。誰一人として死んでなどいない。

 ゴンザレスがこの発言をどう受け止めたかどうか不明だが、ちょっとでも理解力があれば分かってくれるだろう。

***

―ゴンザレス 閏の部屋 昼―

「生きてる……だと」


 さっきあいつは「僕の家族は皆生きてる。皆僕のせいでこうなっただけだから」と言った。


(皆ってことは……睦月は生きてる? あの日あいつがついた嘘……それと関係があるってことになるはずだ。僕のせいって……一人で全部背負い込むから、弱みにつけ込まれるんだろうが)


 あいつは睦月がいなくなった日、俺に勝手に成り代わった。それに一体どんな目的があったのか、未だに謎だった。


(あいつが証言したことは、何もかも嘘ってことになる)


 どうせこのことを言ったとしても、この国に来て短い俺のことをこの国の奴らは信じてはくれない。小鳥が言っていた、国民性だと。


(どうしてそのことをわざわざ俺に……もしかして同情されたのか?)


 単純に言ってウザい。ありがたいことだが、なんかムカつく。多分、巽だから。自分で自分に同情されてる気分になるからだ。俺は、巽と俺を同一人物だと思ったことはないが。

 ナヨナヨ糞野郎に同情されたからか、少し元気になって来た。苛立ちエネルギーだ。


「閏……お前がいないと、怖いんだ。お前が……元々偉大な存在だったから、勝手に安心感を抱いていただけなのかもしれないが」


 閏の手を握った。温かい。生きてる。

 さっき、あいつが閏に剣先を向けたのは、俺に絶対に断らせたくなかったからだと思う。本心から来る行動じゃない。焦っている、確実に。


(お前も助けてやるから……もう少し耐えてくれ)


 俺は最終的な未来は知っている。ちょっとずつ結末も変わったりするらしいが、この世界はあいつによって終焉を迎える。それだけは変わらない。追い詰められ、一人で苦しんだ巽の末路。

 もしその結末を迎えることになったとしても、俺は最後まで諦めるつもりはない。人生は死ぬまでが人生だから。俺の人生は元の世界に戻れば後数秒。それまでに出来ることはしっかりとやる、そのつもりだ。今の所、役に立ってはいないけど。


「あ」


 閏の手が動いたような気がした。

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