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僕は僕の影武者  作者: みなみ 陽
四章 与えられた休養
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後悔と苦しみの時間

―自室 朝―

「嗚呼、楽しみだよ」


 彼女の喜ぶ顔を見ると、安心と同時に何か複雑な感情が沸き上がった。恐らく、それは嘘をついてしまったことへの申し訳なさだろう。

 でも、風邪のせいで味がしなかったとか言ったら、彼女の時間を無駄にさせたことになるし、傷付けてしまうのではないかと思った。結局、これもまた僕には苦しい選択だった。しかし、嘘をつくという選択をしてしまった以上、もうそれを突き通すしかない。

 僕は苦々しい気持ちで、お粥の入っていたお椀とスプーンを彼女に渡した。


「ベットはこのままでいいよ、この本を読みたいから」


 僕は、枕元の机に置いていた本を手に取った。普段、寝る前に読もうと思って結局読めていないものだ。


「分かりました! では、またお昼に来ますね!」


 頬を真っ赤に染めて、幸せそうに笑うその姿は可愛らしくもあり美しくもあった。まるで天使だ。そして、彼女は足早に扉の前へと向かう。


(きっと、僕が嘘をついてるだなんて思いもしてないし、疑うこともしてないんだろうな。純粋に信じてくれてる。ずっと彼女には、このままでいて欲しいな……心の美しさをそのまま、なんて無理か)


「失礼しました!」

「有難う」


 僕は、彼女に口角を上げて微笑んだ。

 そして、彼女は深くお辞儀をした後、扉を開けて部屋から出て行った。徐々に扉が閉まって姿が見えなくなる時、彼女の鼻歌が少し聞こえた。


「ん~んん~♪」

「えっ!?」


 しかし、聞こえたのはその部分だけだった。足音と共に、鼻歌は遠くなっていった。


(あの旋律……間違いない。あの独特な旋律と歌詞は、今でも鮮明に覚えてる。あの子供の歌声は彼女だったのか? 今思えば、声色も似ているような気もする。もしそうだったとしたら、彼女は使われていない部屋にいたということになる。それに、あの言語は我々が普段使うものではない。あの人が僕に何かをする時と似たような言語だ。二人は何か関係があるのか? それとも偶然か?)


 考えれば考えるほど、疑問は沸き上がる。


(何一つ僕の疑問は解決していない。僕のこともあの人のことも、あいつのことも。あの歌声も、全て)


 僕は真実が知りたい、ただそれだけなのに。真実が知れると思った矢先に、信じていた一人に裏切られ、真実を知ることは自分にとって簡単ではないと思い知らされた。

 不安、後悔、憎悪、絶望、苛立ち、悲しみ、自分がそれらを抑えきれなくなると同時に、自分が自分でなくなってしまっているような恐怖。それによって、自身の中にいる何かが出たがっているような感覚。

 自分が自分でなくなる。それが確実にゆっくりと迫っていることに、昔から目を背けて来た。

 しかし、もう背けるのは限界なのかもしれない、僕の前、いや目の前にいる。すぐそこまでもう来ている。もう駄目なのかもしれない。限界が来ている。耐えられない。


(僕に早く誰かに言う勇気があれば、誰かに伝えることが出来たら、独りでこんなに……こんなことには……)


 僕は弱い。その弱さを誰にも見せたくない、だから強がった。その強がりが、この結果をもたらした。過去の自分の選択が今の自分を苦しめている。


(全てにおいて、僕の責任だ。僕の……)


 何もない時間、気付けば僕は僕を責め立てていた。あと今日を入れて二日。こんな時間が続くのだ。


「巽? 大丈夫?」


 扉の向こうから声がした。母上の声だ。


 僕は零れ落ちそうになった何かを必死に堪えて、そして出来る限り明るく返事をした。


「大丈夫です。母上」

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