好奇心
―廊下 昼―
あの後、小鳥は少し考えさせて欲しいと言ってきた。僕は、誰にも計画のことを言わないことを条件にそれを受け入れた。
そして小鳥が去った後に料理を分別して、食べられない物をホヨ用に保管し、肉だけを僕は食べた。
現在、僕はある場所に向かっている。それは、先ほど琉歌が不幸にも見つけてしまった”あの部屋”である。
(あそこに行くと、最悪の記憶が蘇って嫌な気分になるから避けてたけど……仕方ない。自分で呪術のことを知る必要があるし)
あの扉の部屋は十六夜綴の部屋だ。窓は分厚い鉄で覆われ、光は絶対に差し込まない。暗い暗い闇の中で痛みに叫び、精神的にも肉体的にも追い詰められていく。苦しくても、外にいる人には絶対に声は届かない。そう絶対に。
(忘れたいのに忘れられない……昔のことを忘れるくらいなら、こっちも忘れたいよ)
ぶり返す体中の痛みに耐えながら、別館の入口に辿り着いた。そして、十六夜の部屋がある方向へと足を進ませようとした時だ。
(誰か……いる)
人の気配を感じ取り、壁に咄嗟に身を隠す。幸いにも、向こうが僕に気付いているような感じはなかった。僕は、恐る恐る顔だけを壁から出す。すると、そこにいたのは――。
(琉歌……)
今まさに、入ろうか入るまいかと悩んでいる様子が伺える。先ほど駄目だと一応念押ししたはずなのだが、琉歌の好奇心が勝ったということだろう。薄々そんな気がしていた。
どうせここでとめても、琉歌は納得はしてくれないだろう。指切りをまたしてもいいのかもしれないが、二回するとどうなってしまうのかが分からないので気が引ける。
ここは、琉歌にこの部屋の恐ろしさを身をもって体験してもらうほかない。好奇心なんて枯れるくらいに。
琉歌は、ゆっくりと取っ手に手を伸ばしていく。
僕は琉歌に気付かれないように息を殺し、忍び足で近寄っていく。僕はこれが得意だ。存在感を消すのが上手な美月に叩きこまれたから。それに、琉歌に気付かれてしまうほど、僕は野暮じゃない。
琉歌が取っ手に手をかけた時、僕は琉歌の背後に立った。
「琉歌。何してるの? こんな所で」
そう声をかけると、琉歌はビクッと震えた。そして、壊れた機械のように首をガクガクと後ろに向ける。
「た……巽さん! ど、どうして……あ、私は迷子になっちゃって!」
しどろもどろに琉歌は答える。
「迷子? 迷子ねぇ……アハハッ」
僕が笑顔を作ると、琉歌も引きつった笑顔を作る。
「だったら、どうしてこの部屋に入ろうとしたのかな? 入っちゃ駄目って言ったの覚えてるよね? 迷子になったら、言いつけを破ってもいいのかい?」
「う……うぅ……」
琉歌は、ガクンと項垂れる。
「どうしても……この部屋が見たいって言うんなら見せてあげるよ」
「本当!?」
さっきまで項垂れていたはずなのに、それが嘘のようにキラキラとした瞳で僕を見る。
(ここにいい物なんて、一つもないのにね)
「……さっきも言ったけど、この部屋に君を満足させるものなんて一つも――」
「ねぇねぇ! 早く見せて!」
(駄目だな、全然話聞いてない)
好奇心に従って生きるとこうなるみたいだ。僕は少し学んだ。
「分かったよ」
僕は重い金属製の扉の前に立つ。かつての自分の声が脳にこだまする。恐怖で手が震える。僕は息を吸った。震える手に取っ手を握らせる。ヒンヤリとした感覚が伝わる。
僕は、それを遥か彼方に吹き飛ばすように力強く取っ手を引いた。




