人を呪わば穴二つ
―廊下 昼―
気分が落ち着いた僕は部屋を出た。すると、廊下にはちょうど一人の女性がいた。その女性は、小鳥の母親である小町だった。僕が部屋から出て来たのを見るなり、小町は心配そうな表情でこちらに歩み寄る。
「巽様? 昼食のお時間では? それに一体何を……」
「ちょっと仕事を終わらせたくてね……僕の部屋に行こうとしてたんだ。美月の部屋に寄ったのは、そのついでだよ」
「そうですか……」
小町は、悲しそうな表情で部屋の扉を見つめた。
「小町はどう思う?」
「え?」
「美月が目覚めない理由」
「……呪術でしょう。証拠がなくとも、いえ、ないからこそ呪術だと」
「なるほど、ね」
小町は優れた呪術の使い手だった。他の誰よりも強く確実で、信頼されていた。しかし、呪術は”人を呪わば穴二つ”。神の力を借り、相手も呪い続けること、それは確実に自身を滅ぼす。だから、かつてのこの国の平均寿命は四十代であった。
さらに、小町の得意とするもう一つの魔法の”結界”は、大きな負担を体に残す。それを得意とし、呪術に加えて頻繁に使用していた彼女には、もはや魔力も魂もほとんど残っていない。
「かつての私であれば、このようにすることは御茶の子さいさいです。証拠を消すのは、呪術を使う者にとって当然ですから。しかし、それにもそれ相応の経験と魔力、自らの魂が必要です。呪術がほとんど禁じられた今、これを使うことは罪であるのに……それに、美月様にこんなこと……許されるはずがありません」
小町は、悔しげに唇を噛み締めた。僕は怪しく思われないように、ゆっくりと体を美月の部屋に向けて扉に触れる。
「僕は簡易的な呪術しか知らないので、よく分からないのですが……これは何の呪術ですか?」
嘘だ。僕はよく知っている。教え込まれた、十六夜に。
「夢縛です。夢に対象の相手を縛り付ける魔法。大きな魔法ですから、自身の血を使って魂を捧げることを示さなくてはなりません。そして、その代償は相手の必要とする食事まで自身が負担することです」
「――え?」
体が冷えてくのを感じる。知らない、僕はその代償を知らない。
「当然でしょう。相手は死ぬ訳ではありません。しかし、生きています。相手を自分が望むまで夢に縛り続ける代わりに、その間の栄養を保証する。これは、救われぬ病に苦しむ者に使用されてきました。そして、呪術をかけた本人が死ぬか、その期間を終えた時……とっくに限界を超えていた対象者は安らかなる死を迎える……これが夢縛の全てです」
(もし、僕が二人分の栄養を供給することが出来ていなかったらどうなる?)
恐る恐る、僕は聞いた。
「……もしかけた人がその栄養不足だったら?」
「神との契約に反したということになります。相手の全てを背負うことで、その呪術を使えるのですから。使用者には死、対象者にも死が与えられ――!?」
「使用者に死が与えられるのは分かる。何故、対象者にも死が与えられる!?」
気付いたら僕は、小町の胸ぐらを掴んでいた。
「落ち着いて下さい! 巽様!」
「どうなるんだよ!?」
僕は偏った食事しかしていない。それで普通の人間である美月に十分な栄養が行き渡っているのか、いないのか。
そもそも、僕の摂っている栄養が足りているのかいないのか。
「契約違反、それがあった場合、例えどんな理由であったとしても使用者と対象者の魂が奪われるのです。これは呪術の全てに当てはまります。理不尽かもしれません、ですがそれが規則なのです」
諭すように、静かに小町は言った。
「なんで……」
(知らなかったんだ……教えてくれなかったんだ……)
僕は無知であった自分を、大切なことを教えてくれなかった十六夜を責めた。
すると、胸ぐらを掴む僕の手に小町が優しく触れて言った。
「大丈夫です。犯人は必ず見つけます。巽様は王として……全て私にお任せを」
犯人も王も全く同じ人物であると知った時、小町は僕を――許すだろうか。
「嗚呼……」
今の僕には、その言葉に対して頷くことしか出来なかった。




