扉の向こう側
―廊下 昼―
何を見るにも、琉歌は目を輝かせた。廊下に飾られた絵画、母上が海外で購入した謎の骨董品、廊下を散歩する動物達、どれもが全て琉歌には珍しく見えるのだろう。
「お城の中ってすっごくキラキラしてるんだね! 私の所のお城もこんな感じだったのかな?」
「いや……でも、荘厳な感じのお城だったよ。キラキラはしてないけど……木のいい香りもしたしね」
かつてはこの城もそんな感じだったのだが、今ではそれが想像も出来ない。
「そうなの? 残念……あ! ねぇねぇ、あっちは何があるの?」
琉歌は廊下の向こうを指差す。暗く人通りもないそこにあるのは、老朽化が進み完全に物置状態になっている別館。少し前に、シャーロットさんに監禁されていた場所である。
「別館だよ。取り壊そうにも取り壊す理由がなくて、完全に放置されてるんだ。それで今は物置だよ、結構価値がありそうな物が無造作に置いてあるんだ。見せてあげたいけど、老朽化が結構進んでて危な……」
と、僕が言い終わる頃には琉歌はいなかった。暗闇の向こうに背中が消えていくのだけが見えた。
「琉歌!? 危ないって! 僕の話を最後まで聞いてよ!」
僕は急いで琉歌の後を追いかける。なんとなくだが、胸騒ぎがした。琉歌が、別館で無事でいられる様子が一つも想像出来ない。今までの様子を思い返せば返すほど、絶対に何か起こる気がした。
「キャァァアア!」
僕が別館に辿り着いた時、すぐ近くで琉歌の叫び声が聞こえた。
(やっぱり!)
叫び声がした方向へ走って行くと、暗闇の中琉歌の上半身だけが見えた。
「巽さん助けて! 床が抜けたの!」
手をバタバタと動かして、苦しそうに救いを求める琉歌の姿が少し面白い。それにしても、何故この床は抜けたのだろう。別館一階の廊下の木は他の階の廊下の木よりは新しいから安全だと聞いていた。
それに、今までこの廊下は僕も何度か通ったことはあったが、そんな脆い感じは一切なかった。琉歌の目の前にいるのだが、僕の方の床に違和感はない。ちょうど、琉歌の所の床だけがおかしいみたいだった。
(琉歌の才能? いや、まさかね……)
「危ないって言ったのに……」
僕は、手を伸ばす琉歌の腕を引っ張る。が、綺麗にはまってしまったようで中々抜けない。
「ん~!」
声を出して、腕に力を入れるが一向に琉歌の体が上に持ち上がる気配がない。
「どうしよう巽さん……永遠にこのまま? 私ずっと……死ぬまで廊下で生きるの?」
「ないない、それだけは絶対ない」
床が抜けてはまって、そこから永遠に出られなくなるとか聞いたことがない。いくらでも助けようと思えば手段はあるのだ。
(この場合……浮遊は少し難しいな。建物ごと浮遊させてしまう可能性がある。周辺を燃やすのも危険だし……やっぱり力尽くだな)
「琉歌、耐えてね」
僕は、琉歌の片方の腕を両手で掴む。そして右足に体重をかけて、強く後ろに投げ飛ばすつもりで琉歌の腕を引っ張った、すると――。
「ひえぇえええええ!?」
琉歌は、後ろにあった壁に衝突した。バシーンという痛い音が別館の一階に響き渡る。つもりくらいの勢いで引っ張ったら、本当に投げ飛ばしてしまった。
「琉歌!? ごめん! 大丈夫かい?」
尻餅をついて、文字通り目をクルクルとさせる琉歌の下へ駆け寄る。
「大丈夫……ありがとう……巽さんが回ってる……」
「怪我とかしてないよね?」
「うん、壁にぶつかっただけだから……」
少し時間置いて、やっと落ち着いた琉歌は立ち上がる。
「うぅ~気持ち悪い」
「永遠に床にはまってるよりはマシだろう?」
「そうね」
琉歌は苦笑交じりにそう言った。
「ん? この部屋……」
壁の近くの部屋の扉が気になったようで、琉歌は首を傾げた。他の別館の扉とは違って、木製でないため少し目立つ。異常に分厚い金属製の扉は、部屋の音も漏らさないし部屋の外の音も入れない。今は、すっかりと錆びてしまっているが致し方ないだろう。
(最悪な所に飛ばしてしまったな……)
かつての忌々しい記憶。言葉では、言い表せないほどの痛みを思い出す。
「巽さん、どうしてこの部屋だけ違うの?」
琉歌は、興味津々に扉の取っ手を引っ張ろうとした。
「駄目だよ」
僕は、琉歌の手に触れる。
「どうして?」
「この先に……君を満足させるものなんて何一つないから」
その僕の言葉で琉歌は小さく頷いて、取っ手から手を離した。ただ表情に納得の色は見られない。
(ちょっと危ないな……)
僕は一刻も早くこの場から離れる為、琉歌を連れて本館へと向かった。




