彼女の為に
―自室 朝―
ズキズキと響く頭痛と体の内面からくる寒気で目が覚めた。
外は日が昇ろうとしている。朝が来たということ、つまり僕は昨日何も食べていない。
(ゴンザレスに水をかけられてから、ずっと眠っていたのか? だとしたら、寝過ぎだ)
お陰で眠気は一切ない。寧ろ眠り過ぎて、頭が痛い。ついでに気分も悪いし食欲も皆無だ。
「あ、巽様!」
少女が、心配そうな顔で僕を見つめている。
「君か……」
昨日、茶の間へと案内してくれた使用人見習いの少女だ。とりあえず、僕は起き上がろうとした。
「駄目です! 熱があるんですから、寝てないと」
「ね、熱?」
(そうか、半裸の状態で水を被せられて風に吹かれて、この様か)
慌てて上半身を確認すると、服を着せられていた。まぁ、確かにあのままではいけないだろう。
「はい、三十七度八分でした、ご確認下さい」
彼女は、机に置いていた体温計を取って差し出した。体温計に表示されている値は確かに三十七度八分で、それを見ると気分的にますますしんどくなった。そこまで高い訳でないが。
「参ったね、これは。はぁ……」
「あの、お食事どうされますか?」
「申し訳ないけど食欲がないんだ」
(一口でも何か食べたら、吐いてしまいそうだよ)
「ですが、昨日も何も召し上がっていないですよね? それではお体に悪いです」
彼女はお粥の入ったお椀を手に取って、どうか食べて欲しいというような目でこちらを見つめる。どうも、この目に僕は敵わない。どう足掻いても勝てない。純粋な無言の主張は心に来るものがある。
(うう、ここで僕が嫌だって言い続けたら、彼女が困るしなぁ。はぁ……流し込むか)
「分かったよ。それを頂戴」
「はい!」
ベットの上の部分がゆっくりと起き上がる。海外より輸入した物だが、この機能を使うのは初めてだ。
(便利な物だ)
僕は、お粥とスプーンを受け取った。温かく柔らかい匂いがする。まだ、作りたてなのだろう。余計な物が入っていない分、食べやすいのも分かる。だが、どうしてもお腹は空かない。
(覚悟を決めたこと、食べるぞ)
僕は、必死にお粥を流し込む。きっと、物凄い勢いで食べているのは間違いないだろう。
しかし、食べても食べても減っている気がしない。その様子を見て、彼女は、不思議そうに首を傾げて苦笑いを浮かべている。彼女が今、思っていることは何となく分かる。何だ、本当はお腹が空いていたんだ、とか思っているに違いない。
(恥ずかしいけど……苦痛は一瞬で済ませたい!)
食べても食べても、お粥の味はしなかった。味つけが薄いとかそういう訳ではなくて、ただ単に僕の風邪が味覚を奪ってしまっているのだと思う。
「あ……あの、お味はどうですか?」
「とっ! とっても美味しいよ。嗚呼、もう最高だよ。体調が良くなりそうだ!」
必死に笑顔を作って声色を明るくし、美味しいと必死に伝える。味は全く分からないが。
「本当ですか! 光栄です~! 私、頑張って作ったんです。お口に合うかどうか不安だったんですけど、良かったぁ~!」
(やっぱり彼女が作っていたんだ。味覚さえあればな……)
僕お得意の表情でバレることはなかったようだ。そして、その嘘の表情で、安心したように満面の笑みを浮かべる彼女。
(さっき僕が物凄い勢いで食べてたのは美味しかったからってことで問題ないよね。よし、あと一口だ)
やっと終わりが見えた。最後のお粥をスプーンに乗せる。そして、僕の中へと運んで飲み込んだ。
(やっと食べ終えた。食べれない時に食べると、量がとてつもなく多く感じるよ。吐かなくて良かった。ははは……)
「有難う。今度は、熱がない時に君の作った食事を食べたいね」
お世辞ではない。本心で食べたいと思った。
昔、彼女の母の作るお粥を食べたことがある、その時は味覚がちゃんとあったので覚えているが、本当に美味しかった。
そして、体調が回復した後に食べたおにぎりと味噌汁も、またとても美味しかった。いつもこの料理を食べている彼女が少し羨ましいと思う。
決して、料理人達の作る料理が不味いとかそういう訳ではない。あの母の味というものが僕にとって初めてのものだったから、とても感動したのだ。
だから、彼女が母の通りにしているのであれば、と期待してしまう。
「よ、喜んで! いつでも作ります!」
顔を真っ赤にして、嬉しそうに彼女は両頬を押さえた。