怒りを込めて
―小屋 夕刻―
小屋は暗かった。電気がないのか、窓や隙間から入り込む光だけのようだ。蹴破った扉は原型もない。
中には三人の男と壁にもたれかかっている皐月、そして倒れている閏がいた。
「兄様……」
皐月は震えるその声で僕を呼んだ。しかし、倒れている閏は微動だにもしない。
「まさか王様が来るとはねぇ、こりゃたまげた!」
皐月の隣に立つ男が笑った。
「王様よぉ、ノックもなしに入って来たら駄目ですよ~。マナーって奴ですかな?」
(何を言っているのか……余計に腹が立つ。内臓全部引っ張り出して、跡形もなくぐちゃぐちゃに掻き混ぜてやりたいよ……でも、皐月が見てる)
すると、後ろで髪を結った男が一人、拳をポキポキと音を鳴らしながらこちらに近づいて来た。
「甘い汁吸って生きてる王様に、お前の拳見せつけてやれ!」
後ろで、椅子に座る痩せた男がそう言った。
「任せて下さい! へへっ……ちょっとばかし痛い目見てもらいますよ?」
僕の目の前にまで来た男は、ニヤリと笑った。
「――ふざけるな」
僕は、男の腹部に自身の怒りを込めて拳をぶつけた。
「うぐうっ……!?」
男のニヤリとした表情が苦痛の表情へと変わる。そして、腹部を押さえて床に倒れ込んだ。
「甘い汁……? そんなのがあるなら是非飲みたいよ」
腹部を押さえている手ごと僕は踏みつけ、足をねじ込むように左右に動かす。
「い゛て゛て゛て゛ぇ゛!」
「君達の勝手な妄想を押しつけないでくれ」
「おいおい……手荒ですねぇ。だけどそれ以上したら……お姫様殺しますよ? アハハハハハ!」
椅子に座る男がそう言うと、皐月の隣にいる男が皐月に小刀を向けた。
「嫌だっ……! 怖いよ……」
皐月は両手で顔を覆い隠す。
(ゴミどもが……)
僕は、仕方なく男の腹部を踏むのをやめた。脅しに屈するのは嫌だが、僕のせいで皐月が殺されてしまうのも嫌だ。救える命を手放したくはない。
(どうすれば……)
見えるような形で攻撃をすることは出来ない。見えない形で攻撃が出来るとするなら、それは瞬間移動を使う攻撃だ。しかし、それで上手くいかなかったら最悪だ。疲れ切った後に無抵抗にやられてしまうだけ。
(失敗とか成功とか……考えてたら駄目だ。僕が少し頑張ればいいだけ……頑張ればいいだけだ)
――力を貸すよ――
「兄様! 駄目――」
突然、周囲が静かになった。さらに、男達や皐月の動きも極端にゆっくりになった。音も動作も、僕と周囲の時の進む時間が変わってしまったかのよう。
(これは一体?)
僕はただ瞬間移動を使って、一瞬で仕留めようと思っていただけだったのだが。
――獲物を狩るには、速い動きにも慣れないといけないからね――
(そういうことか……あるものは使わないといけないな。いらなくても)
僕は、まず皐月の隣の男の小刀を奪った。そして、その男の手首を小刀で抉る。すると、血が飛び散っていく。次に、倒れている男の掌に小刀を突き刺した。どちらも、血が噴き出してくる様子がゆっくりと見えて、どちらも芸術的だ。
それにしても動きが本当に軽い。やりたいと思ったことが、簡単に邪魔されることなくこなせる。しかし、息は苦しい。そろそろ限界だ。
僕は最後の力を振り絞って、椅子に座り、少しずつ表情を変えていく男の頭を掴んで思いっ切り床に叩きつけた。ゴツーンという鈍い音と木の軋む音が鳴り響いたと同時に、僕はその場に崩れ落ちた。




