匂いを辿って
―上空 夕刻―
――嗅げ、その鼻で。皐月や閏の匂いを辿れ――
(言われなくても分かっている)
上空からでも微かに匂いを感じた。その匂いのする方へ進めば進むほど、だんだんと強くなっていくのも感じる。意識を必死で匂いに向ける。
(この辺にいるはず……絶対にいる)
僕は一度地面に降りることにした。浮遊の魔法を弱め、足を地面へと向ける。すると、体は徐々に下へと降りていく。
フワリと地面に足をつけると、匂いは空にいる時よりも強烈だった。
(やはりこの辺にいる……)
僕が今いるのは、城からそんなに離れていない山だ。この辺に人は、住んでいないのか生活感は一つもない。不審がられずに何かを隠すのならば、ここが最適だろう。
――匂う。美味な匂い、生きてるのか? ハハハハ!――
「ふざけるな……生きてる、生きてるに決まってる!」
しかし、美味しそうな匂いがするのも事実だった。食欲をそそる、甘い血の香り。それが僕をここまで導いた。もし血の匂いがなければ、ここまで流石に来れなかっただろう。
そもそも血の匂いでここまで来ていること自体がおかしいのだが、今更それを気にすることはなかった。もう戻れないことくらい知っていた。それに、今は化け物の力にすがることだけが僕に出来ることだったから。
――血の匂いは獰猛で飢えた獣を誘う……運があるな――
「僕はまだ獣じゃない……」
僕は、気を保ちながら匂いを辿る。ここまで匂うのだから大怪我を負っているのかもしれない。命の瀬戸際を彷徨っている可能性がある。だとしたら、僕は賊を――。
拳に力が入る。周囲の木々がザワザワと騒ぎ、混ぜられた匂いが僕を導く。その導きに従い、僕は進む。
すると、小屋のような建物が見えた。木で出来ていて、今にも壊れそう。匂いはそこから発せられていた。
「……見つけた」
僕は地面を強く蹴って、古ぼけた小屋へと駆ける。風になったような気分だった。周りの似たような風景が一瞬で終わる。
もう目の前に小屋があった。あっという間にここまで来れたのだ。
(これが化け物の力か……)
呪いたいこの力に、今は感謝するほかない。
――悪いもんじゃないだろう? もっとあるんだけどなぁ……――
開いたら崩れ落ちそうな扉。その向こうから、声が聞こえた。すすり泣く皐月とケタケタと下品に笑う男の声。
――僕も手伝ってあげるからね……フフ――
僕は目を瞑って、大きく息を吸った。血の匂いだけではなくて、野蛮で醜悪な臭いもした。肉も不味いだろう。
そして、僕は息を吐いた。ゆっくりと目を開ける。
「絶対に助ける……閏も皐月も」
僕は決意を胸に、扉を蹴破った。




