片翼の少女
―浜辺 朝―
「希望は夢幻、絶望は永遠~羽を堕とす♪」
小鳥は、浜辺の脇の大きな岩の陰で立って歌っていた。そして歌う小鳥の背には、片方だけ五色絢爛な翼が生えていた。輝きを放つそれは、神々しさを感じさせる。
(小鳥に翼……つまりは小鳥は鳥族なのか?)
「知りませんでしたか」
僕の表情を見て、熊鷹はそう言った。また無自覚に顔に表れてしまっていたようだ。
「……うん、まぁ」
考えれば、僕は小鳥のことを何も知らないような気がする。ある日突然、僕の専属の使用人として現れた小鳥を、特に疑問も持たず受け入れた。使用人としての彼女は知っているが、個人としての彼女を知らない。知ろうともしなかった。
「巽様が知らないとは……まぁ、あまり小鳥も言いたがりませんからね。小鳥は御覧の通り右翼だけしかないんです。左翼だけが生えてくるのが遅いもので……鳥族と人間の混血なのも影響しているのかなぁと。あ、ちなみに、鳥族の血を引く者にとって翼を隠したままだと体に負担がくるんです。だから、いつも小鳥はこっそりああやっているんです。歌を歌えば、自身の体力も少しは回復します」
「そうなのか……また一つ知識が増えたよ。ありがとう」
「我々のことを誤解せずに知って頂きたいので」
熊鷹は僕に微笑んで、歌う小鳥の下へと歩み始めた。
「大地を蹴って翼を広げることが出来たなら、もう一度貴方に会えたのなら♪」
「貴方の優しさに触れてそのまま眠りにつきたい……懐かしい歌を歌うな」
小鳥がハッとこちらに振り返る。歌に夢中で僕達が後ろにいたことに気付いていなかったらしい。すぐに顔を真っ赤にして翼をしまう。
「いつからそこに……」
「希望は夢幻辺りからだなぁ」
熊鷹は、人差し指を顎に当てながらそう言った。
「声くらいかけてくれてもいいのに……」
「小鳥の歌を聞いていたかったんだ。とっても綺麗な歌声だしね」
小鳥を誉めて、とりあえず元気になって貰おうとした。だが、僕のやり方では思ったようにはいかなかった。
「恥ずかしい……! こんな姿っ……」
小鳥は崩れ落ち、大粒の涙を流し始めた。服が砂で汚れることも、涙で顔がグチャグチャになることも気にせずに。
小鳥の言う”こんな姿”とは、片方だけの翼のことだろう。でも、片方だけでもその姿は十分に美しかった。他の鳥族を圧倒するような輝き、色を持つ翼。何も恥ずかしいことなんてないのに。
「……どうしてそんなことを言うんだい? 折角、親から貰った大切な翼だろう?」
僕も泣き崩れる小鳥の所へと向かった。
「父には……立派な両翼があるのに、私には、中途半端な片方だけの翼しか……」
「――小鳥とお父さんは違う」
口から勝手に言葉が零れた。
「え?」
小鳥が涙目で僕を見上げる。
「確かに今の小鳥には片方だけしかないけど……それを恥ずかしがる理由なんて何一つないよ。現に僕は、小鳥の翼はどの鳥族よりも美しいと感じたよ。その……なんて言うかな、上手く言えないんだけど……」
(どうしよう言葉が出てこない)
見上げる小鳥の視線と、横から眺める熊鷹の視線が痛く感じる。
「好きだよ。その……神々しさとか彩りとか……本当に小鳥の翼は綺麗だった。小鳥にとっては満足いくようなものではないのかもしれないけど、もっと自信を持つべきだよ。僕なんかに言われても説得力ないかもしれないけど……」
(なんとか伝わったかな? 自分の言いたいことを言っただけだし、何も伝わってなかったらどうしよう)
「巽様、私は最初巽様が大胆に告白されたのかと思いましたよ……」
横の熊鷹が苦笑交じりにそう言った。
「え?」
(そんな勘違いさせるようなこと言ったかな?)
「……私が大人だったらなぁ」
小鳥が立ち上がって、服に付着した砂をはたきながら言った。
「小鳥!?」
(どうしようどうしよう。僕の言葉選びが下手だったせいで変に気を――)
「なんて冗談ですけど。巽様がそう言ってくれるなら、少しだけ自信を持ちます!」
「冗談か……」
僕はホッと胸を撫で下ろした。
「小鳥、泳いできな。皆楽しんでる」
熊鷹は笑いながら言った。
「うん、心配させてごめんなさい! お兄ちゃん、巽様!」
小鳥は軽く頭を下げた。
「お兄ちゃん? 姉弟なのか?」
「あれ、それも知りませんでしたか? 兄妹です、一応」
二人を見比べてみるが、似ている要素はない。熊鷹は茶髪で、濃い顔立ちで眼光が鋭い印象だ。一方、小鳥は黒髪で浅い顔立ちで柔らかな印象。同じ兄妹でありながら、ここまで顔が違うのは恐らく――。
「そうだったのか……僕は知らないことが多すぎるな」
「ま、腹違いですけどね」
「同じだよ、僕らと」
そう二人で会話をしている内に、小鳥は僕達が先ほどまでいた場所へと走って向かっている。やっぱり根は子供だ。
「我々も戻りましょうかね」
「だね」
(僕には本当に知らないことが多過ぎる……でも知りたいって思って行動したから知ることが出来たのかな?)
そんな風に思った、夏の朝であった。




