湧き上がるその感情
―庭園 昼―
「兄様~、捕獲完了でござる!」
僕の袖口から侵入したミミズを探す為、上の服を全て脱いだ。肌着の下に入り込んでいたらしく、僕は半裸の状態で長椅子にもたれかかっていた。人の目を気にする余裕もない。
皐月が捕まえてくれなければ、僕は死んでいた。精神的に。皐月の手には、ミミズがうごめいている。
「あぁ……ああ……」
先ほどまで、僕が手に持っていたミミズ達はいなくなっていた。恐らく、驚き過ぎた時の反動でどっかに飛ばしてしまったんだろう。
「もうやだ、やだ……」
(美月絶対許さない……)
憎しみの炎を燃やしていると突然、僕に大量の水が被せられた。
「やああっ!?」
あまりにも不意打ちだった為、何もすることが出来なかった。結果、上半身裸の水浸し男へと変貌を遂げてしまった。
「出来たー! やったー!」
少し離れた先で小さく跳ねているゴンザレスがいた。
「無礼者! 巽様になんてことを!」
後ろから、慌てて追いかけて来ている陸奥大臣の姿も見えた。
「兄様が風邪引いちゃうよ!」
こんな日に限って風が強い。水に濡れた体が冷えるのは、あっという間だった。
「消火活動だよ、あいつなんか燃えてたし! 大丈夫かー! ハハハハ!」
「大丈夫な訳がないだろ……」
「お前、感情が出やすいタイプ過ぎるだろ!」
「……調子に乗るな」
「何? ブツブツ言ってて聞こえないね~!」
ふらふらと僕は立ち上がる。自分でも何故こんなに感情が抑えられないのか分からない。自分を抑えることが出来ない。まるで誰かにそうされているような。
――この者は邪魔だね――
「消し炭にしてやる」
(燃えてしまえ、こいつ共々何もかも)
僕が手を伸ばしても、ゴンザレスは怯える様子もなかった。炎は確実に近付いているのに。それどころか自信満々な笑みを浮かべている。
(あの程度の力で、この炎を消せるとでも思っているのか? ふざけるな)
「お~ま~う~♪」
火がゴンザレスに降りかかる手前、その歌声が遠くから響いた。一体何の言語なのかは分からない。ただ、心に入り込んで苦しい。
「うっ!」
僕は胸を押さえた。皐月やゴンザレス、大臣は苦しんでいる様子はない。僕だけが、この歌に苦しんでいる。
(昨日も何の言語か分からない歌が……)
でも昨日聞いた子供の声とは違う。今度は、女性の声だとはっきりと分かった。しかし、その声の主は周囲には見当たらない。
――邪魔者が増えたね、残念――
体に力が入らなくなって僕はその場に座り込んだ。それに瞼が重い。
「兄様!」
呆気に取られていた皐月は、ミミズを持ったまま僕の所まで駆け寄ってくる。
「ミ……ミミズは捨ててくれ」
この声が届いたかどうかは分からない。
「た、巽様!」
大臣もまた慌てて駆け寄る。その時に、僕はゴンザレスを見た。
ゴンザレスは、満足気な笑みで城の上を見ながら手を振っている。声を出さずに口を動かして、そこに人がいるのは明らかだった。
普通、使用人や僕の家族は上には行かないし、それにゴンザレスが親しい相手など限られている。だとすれば、いるのは何者だろうか。
(でも何故? お前は何を知ってるんだ。その声の主とどんな関係が?)
僕も見ようとしたが、それは叶わなかった。意識が奪われるような、遠くへ押しやられるようなそんな感覚に襲われたのだ。