潮風に乗せて
―浜辺 朝―
「はぁ……」
僕は、浜辺で体操座りをして顔を伏せていた。隣の熊鷹が優しく背中を叩く。
「絵に描いたようなこけ方でしたよ」
「うぅ……」
恥ずかしくて顔も上げられない。あんなに人が見ている所で、ド派手に顔から突っ込んでしまった。弥生さんに急に引っ張られたのもあるけど、情けないこけ方をしてしまったのは僕だ。ゴンザレスに馬鹿にされ、皆に笑われ散々だ。海に来たばかりなのに、こんな目に合うとはもう海が嫌いになりそうだ。
「あの三人は楽しそうですね。とても、大人とは思えないくらい元気にはしゃいでいます」
熊鷹は、大きくため息をついた。顔を上げてみると、確かに海ではしゃいでいる三人は水のかけあいをしたり、溺れるフリをしたりと確かに子供みたいだ。
「あれ? 小鳥は?」
僕が熊鷹の隣に来た時はまだいたはずだ。いつの間にいなくなったのだろう。
「……はしゃぎたいとか遊びたいとか、そんな気分ではないようで」
熊鷹は、海の三人を見ながら困ったような笑みを浮かべた。
「そうか……それにしても、ゴンザレスはなんで僕達を誘ったんだろう?」
ちょっとした疑問だった。身分も性別も性格も違うし、そんなに皆が皆関わりが深い訳ではない。一体どんな意味があって、この人選なのだろうか。
「大切な人を失った人達……とかですかねぇ?」
「え?」
「や、これはあくまで予想ですよ。ゴンザレス様にそんな考えがあるかどうかは不明ですがね。ただ、偶然にもこの海に誘われた我々のほとんどは大切な人を失っています。まぁ美月様は失ったとはちょっと違うでしょうけど……しかし、あの状態のままでは……」
そう言うと、熊鷹は口を噤んだ。
(そういうことか、僕と熊鷹と弥生は美月。で、智さんはシャーロットさん。じゃあ小鳥は?)
「意外とその考えは合ってたりするかもしれないよ。まぁゴンザレスが、そこまで深い人間だとは思わないけど……でも、その考えだったら小鳥は一体誰を失ったの?」
「小鳥は誰も失ってはいません。単に、ゴンザレス様のお気持ちで誘われたのかと」
「お気持ち?」
「本来ならば一番遊ぶべき年齢ですからね、小鳥は。それなのに、ずっと自分の意思で働いている。それを見てゴンザレス様が『こりゃ一回遊ばせねぇと駄目だ』と仰っていましたので。ただ二人だけというのも色々と無理があるので、ついでに傷心組も誘われたのではないかなと」
「なるほど……ね」
王の下で働くのだから、一番仕事は大変だろう。しかもそれを子供がやっている。王の専属の使用人は個人の能力で決められる。それが一番高かった小鳥が選ばれてしまったのは仕方のないことだが、少し可哀想でもあった。本人は出会った時から恐らく楽しんでいるのだろうが、疲労は大人の数倍だろう。
僕が何かしてあげることが出来たのなら一番いいのだが、如何せん自分のことで手いっぱいだ。ゴンザレスがこのように誘ってくれたのは有難いが、小鳥のことを忘れてすっかり楽しんでいるようだ。
(駄目だな……)
楽しむゴンザレス達から、目線を逸らそうとした時だった。
「遥か天空の愛する人よ~♪」
(歌?)
どこからか歌が聞こえてきた。この歌声は小鳥だ。今まで何度か聞いてきたから分かる。その歌声は優しく、どこか寂しげだ。小鳥の最初に歌っていた歌は苦痛そのものだったが、普通に歌っている時は、僕もその歌に浸ることが出来る。
小鳥の姿はこの位置からでは見えないが、声はよく聞こえるので近くにはいるようだ。
「小鳥……」
熊鷹はゆっくりと立ち上がると、その歌声がする方向へと向かっていく。
「貴方から授かった片っぽだけの翼では、貴方の下へと飛んではいけない♪」
歌声は途切れることなく続いていく。透き通るような声が潮風に乗せられてきている。人魚の歌声ではなく、小鳥の歌声が乗せられてくるとは思わなかった。
「僕も行く」
僕もその後を追った。ここで三人を眺めていてもしょうがないから。それに、小鳥の歌っている歌詞に少し気になることがあったから。




