海に
―浜辺 朝―
「海だああああああああああ!」
着替え終わったゴンザレスは、そう大声で叫んだ。日々の鍛錬のお陰か、それとも元々そうだったのか、ゴンザレスの腹筋は綺麗に割れていた。真っ赤なパンツが暑苦しい。
「うるさい奴だな……」
「いいじゃん! ってかお前も筋肉ちゃんとあるんだなぁ! 俺と同じくらい腹筋割れてる~ハハハ!」
ゴンザレスは、僕の腹筋を強く叩く。
「やめてよ……」
僕はニヤニヤするゴンザレスから離れ、場所を移動した。
「泳ぎましょう!」
智さんは水着姿になって、子供のように飛び跳ねている。黒いパンツに黒の水中眼鏡、もう泳ぎたくてしょうがないといった様子だ。智さんの上半身はそれなりに筋肉質で驚いた。彼は着痩せをする人なのかもしれない。
「元気なことで……」
疲労を隠し切れない表情で浜辺に寝転がる熊鷹は、呆れた様子で目をすぼめながらそう呟いた。多分、泳ぐつもりはないのだろう。服のままだ。
「大丈夫?」
小鳥はそんな熊鷹を気にかけてか、魔法で優しい冷たい風を起こしている。小鳥も泳ぎたくないのか服のままである。
「人魚さんに会えるかな~」
弥生さんは、嬉しそうに浮き輪をクルクルと回しながら言った。僕は、その言葉にゾクッとした。
露出の多い色鮮やかな水着を着ている。目のやり場に困って、とりあえず目線を砂浜に向けた。
「やめて下さいよ……」
「どうしてですか? 誘惑されるのが怖いですか?」
弥生さんは僕の顔を覗き込み、クスッと笑う。
「そういう訳じゃ……」
僕は海を見てみる。綺麗な青色で、太陽に照らされてキラキラと輝いて、潮風も気持ち良くて、歌声が今にも乗せられてきそうだ。
この世界に人魚はいる、だけど人魚達は僕達人間の前に姿を見せることはほとんどない。だが、そんな人魚と会える貴重な瞬間が見れることもある。
それは、食事をする時だと言われている。恐ろしいことに、人魚の食事は人だそうだ。人魚は歌で人を誘惑し、惑わせ、そのまま海へと引きずり込んでしまうのだとか。この海で忽然と姿を消す人が多いのも、それが関係あるとかないとか言われている。もしかしたら、記憶にないけど僕がこの海で溺れかけたのは、人魚が関係していたのかもしれない。美月が言っていたことも関連づけると、少しその予想にも肉がつき始める。
そんな訳で、唯一泳ぐことが許されているこの海で泳ぐ人はいない。漁をする人もいない。いるならそれは、物好きか馬鹿かのどっちかである。
「人魚さんは、別に人をわざわざ食べなくても生きていけるのに~わざわざ人を食べるんです。ウフッ」
「え、そうなんですか?」
「はい。普通にお魚も食べられますし、動物のお肉も食べられます。野菜だって海藻だって貝だって食べられます。それでも人を食べるのは、それが一番のご馳走だと考えられているからです!」
一番のご馳走、僕らの感覚でいうと高級食材的な感じなのだろうか。
「それは厄介ですね……」
「でも人間が人魚に恐れているように、人魚が人間に恐れていることもありますよ」
「人魚も?」
「はい。人魚の肉を食べると不老不死になるっていう伝説を知っていますか? それで一部の人間達に狙われることがあるんです。まぁ、簡単に言えばお互いに捕食者ってことですね。だからお互いに慎重で、お互いに怯えているんですよ」
弥生さんは、いつもと変わらない様子でそう答えた。というか、そもそも何故彼女はそれを知っているのだろうか。まるで人魚から直接聞いたみたいだ。
「詳しいんですね」
「お母さんに教えて貰ったんです」
「詳しい方なんですね……」
母、という言葉を聞くと、自分の本当の母上を思い出して少し辛い。いい加減に克服しなくてはならないことだし、いつまでも気にしてはいけないことだとは思うのだが。
「お~い! お前ら泳がねぇのかよ~!」
ゴンザレスの声がして、僕らはそちらの方を向いた。ゴンザレスと智さんはもう海の中に入っていた。
「おぉ! 泳がないと! 行きましょ、巽様!」
弥生さんは、僕の腕を引っ張る。
「ちょ……!」
体勢を崩した僕は、顔面から砂浜に転げた。




