海へ行こう!
―朝 自室―
「どうして、海なんかに行かなきゃいけないんだよ?」
海、楽しい場所だと思ったことがない。むしろ怖い印象しかない。
「どうしてって今日は海の日だぞ!」
ゴンザレスは、目の前のの壁にかけてある暦を指差した。そして、今日の日付は七月二十日。
「七月二十日!?」
僕は、その日付を見て思わず机を叩いて立ち上がってしまった。
「な、なんだ!? 急にどうした」
ゴンザレスは、困惑に近い声でそう僕に問いかける。
僕は日付の確認をすっかり忘れていた。今日は、琉歌の誕生日。つまり、あの隔離されているような場所から出ることが許される日。
(忘れてた訳ではないんだけど……日付の確認を忘れてた……)
「はぁ……今から送ってももう遅いだろうなぁ……」
ため息が漏れた。
「何をブツブツ言ってんだよ」
ゴンザレスは、僕の背を強く叩いた。
「痛っ」
「なぁ、海行くだろ? 海行こうぜ。マジ海行きたい。頼むよ、海行こう。海~海~海~海!」
「うるさいなぁ……」
「頼むよ~お願い~!」
ゴンザレスは、繰り返し僕の背中をバンバンと叩く。
「なんで僕なんだよ……」
疑問だった。これを頼むのであれば、別に僕である必要はない。使用人だったら、誰でも行ってくれそうなものだが。
「勘違いすんなよ、誘ってるのはお前だけじゃねぇ。物真似王と小鳥と鷹ちゃんと弥生さんがいる! なぁ、行くよなぁ?」
「物真似王ってのは……もしかして智さんのことか?」
「それ以外ありえねーだろ! あの人ガチヤバだよなぁ! すげぇええてか、ヤベェってか!」
ゴンザレスの言っていることの九割が伝わってこない。
「僕は遠慮しとくよ。忙しいし、そんな呑気に遊んでる場合じゃ――」
「はっは~ん。お前泳げないから行きたくないんだろ? 知ってるぞ俺~! 前、美月野郎から聞いたんだよ、かなり前に溺れたのが未だに怖くて海では泳げねぇって!」
「え?」
(僕溺れたのか?)
記憶にない。つまり溺れたのは六歳よりも前ってことになる。しかも、掟を破って外に出たということ。海に対してなんとなく嫌な感じはこれが原因なのだろうか。
しかし、どうしてそれを美月はわざわざゴンザレスに教えたのだろうか。
「え? じゃねーよ! とぼけてんのか?」
「いや……それっていつ聞いたの?」
ゴンザレスは不思議そうに首を傾げた。
「いつって、六月頃だったかなぁ。なんか俺の世界について教えてやってたらそこから話がドンドン逸れてってさ~、したら美月が『巽はね、昔こっそり抜け出した時に海で溺れた。沖合に間違えて行っちゃって、そのまま流されて沈んで消えた。もう死んだと思って私は合掌してた。皆は必死に捜索してたけど見つからなかった、夜になってもね。皆若干諦めてた時に、浜辺から歌声が聞こえた。一人で歌声のする方向に言ったら、そこに巽が海藻塗れになって倒れてた。生きてたの、感動。巽が起きたら、ずっと泣くもんだから、もう誰もこのことは言わないようにしようってなった。もう海にも行ってない。もう一度行ってみたい』ってもう淡々と思い出に浸るみたいに言ってたんだよ。あ、物真似出来てた?」
「出来てない」
美月はもっと感情を出そうとしている感がある。ある奴がないようにした所でそれは出来ない。とか、今はそれはどうでもいい訳だ。
(そんなことがあったなんて知らなかった。本当に忘れてる。というか……僕外に出てたってことだよね。にしても美月は酷い……合掌って……)
もうすっかり眠ったままの美月。僕の秘密をこっそりと共有していた、そして苦しんでいた。もう聞けない、美月が知っていた僕の知らない過去は。
聞こうとも思わなかった。だって、誰も僕が昔のことを忘れているなんて知っていないから。恥ずかしくて、僕がおかしいのだと思って聞けなかった。
今になってそれを後悔しても遅い。もう、自分の過去すらも知ることが出来ない――。
『自身の知りたいことを知る為に、学ぶこと考えること行動することを忘れてはいけないわ』
刹那、シャーロットさんからの手紙の内容が頭の中に浮かんだ。人間が人間たる理由。人間が進歩し発展出来た理由。
(こんな小さなことでも、自分のことでもいいのかな?)
知ることを放棄するなと、シャーロットさんは僕にそう言い残した。それを実行することが少しでも僕が僕でいられる時間を延ばしていられるなら――やってやる。
「分かった。行けばいいんだろ」
ついでに、泳げるということも証明しないといけない。それに、そこに智さんいるのならついでに伝えればいい。
「っしゃぁ! あ、そういえば忘れてた。その~お前の父さんが呼んでたぞ、部屋に来いって。頼まれてたんだったぁ! っし、じゃぁお前の用が終わり次第出発ってことで! 皆準備出来たかな~」
ゴンザレスは、上機嫌に部屋から出て行った。
(父上が呼んでいる……上野に関することかな?)
僕は身を引き締め、父上の部屋へと向かうことになった。




