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僕は僕の影武者  作者: みなみ 陽
十二章 下を向いて前に進もう
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救えなかった心

―緊急会合室 早朝―

 午前五時、緊急会合室には僕と陸奥大臣と興津大臣と武者達のそれぞれの部隊の隊長が集まっていた。緊急会合室というのは非常事態が起こった際に使われる。

 今回の場合、脱獄と美月が目覚めないという非常事態が同時に起こり、情報が錯乱しているので整理をするために興津大臣、そして牢屋を管理する武者達と陸奥大臣がいるという訳だ。僕は、一応状況確認という立場でこれに参加している。

 左手で内容を書き留めてはいるが、利き手でないので難しい。


(全部、僕のやったことなんだけどね……)


 分かりきったことを、話し合うというのは本当に退屈だ。さらに、皆混乱してまとまりがなく、話し合いが一切進んでいない。

 元々、僕はこういった無駄に長引く会合が苦手だ。さらに、僕が知っていること全てを話し合っているのを、ただ見て聞いているだけというのも本当に苦痛で、より不快感が増していく。


「どうするんですか、大臣! これは我々の面子……威厳にも関わる重要なことですぞ!」

「そうです! 前代未聞ですわ!」

「ただでさえ他のことで大忙しなのに~……大臣!」


 先ほどから、皆が一斉に陸奥大臣に投げかけている。だが、陸奥大臣は腕を組み目を瞑り、それに答えることはしない。


「大臣聞いておられるのですか!」

「大臣!」

「我々の話を――」

「黙れ」


 陸奥大臣はゆっくりと目を開く。すると、その低く渋い声によって場は一気に静まった。


「我々が慌ててどうするんだ。我々には責任がある。しかし、今回それを果たせなかった。その責任を取るために、しっかりと状況を判断しなければならない。分かるか? こういう時こそ冷静でなければならない」

「そ、そうですよ……」


 存在感が皆無だった興津大臣が、陸奥大臣の言ったことに対して大きく頷いた。彼女を見て、あの日の出来事を思い出したが今は関係ないので、一旦忘れることにした。


「感謝する、興津大臣」

「い、いえ……」


 陸奥大臣が頭を下げると、興津大臣も反射的に頭を下げた。そして、陸奥大臣は僕を見て言った。


「巽様、私なりの考えを少しまとめてみたのですが宜しいでしょうか?」

「嗚呼」


(僕に言うってことは、それなりのことを言える自信があるってことなのかな……)


「まず脱獄の件……あれは我々の管理体制を脅かす由々しき事態。しかし、あの牢獄を一人で抜け出すというのは中々厳しいものがあります」

「へぇ……それは何故だ?」

「巽様は、一度あの牢獄に入ったと聞いております。あの牢獄、彼女がいた場所を思い出して下さい」


(知ってるんだ。そりゃそうか)


 僕は、あの日牢獄に行った時のこと、牢獄の構造を思い出す。武者達が監視する入口から彼女のいた場所までほぼ一直線。地下である為、窓もなく空気が悪かった。それまでの道のりにも他の囚人のための牢があった。

 つまり逃げ出すには、そこを平然と突破するだけでなく、その入り口を守る武者達の目も欺かないといけない。しかし、欺く方法なんてない。常識的に考えれば、だが。


「入口には看守がいて、地下であるため当然窓もない。彼女がいた牢から、入口までの間にも牢がある。物音がすればよく響く、残念ながら彼女一人で脱獄は不可能です」

「協力者がいるってことか?」

「まぁ、そうなるでしょうな」


(鋭いなぁ、でも僕は根回しをしてみただけで協力っていうほどの協力はしてないよ。実際にしたのはホヨなんだから。あれはそういう生き物じゃないと難しい)


「じゃあ、それは一体誰だ?」

「……流石にそこまでは。ですが、もしかしたらと思うものはあります」

「え!?」


 興津大臣が目を見開く。自分達もまだそこまで行きついていないから驚いているんだろう。


(そういうのを素早く導くのが、君達の役割であるはずなんだけどね……まぁ見抜かれても困るけど)


「城で暴れる化け物、城の牢獄での脱獄、城で美月様が眠りについたまま……ここ最近の不穏な出来事は全て城で起こっています。これだけの短期間にこんなにも起こるとは腹立たしい事態です。でも、それらは同時に不自然であるようにも感じるのです。あくまで仮定ですが、もしこれらの事態全ての一人の何者かが関わっていたとしたら……どうでしょうか? 化け物は元々人であります。城で暴れた時、我々は化け物として今までとは全く違うものを見せつけられたのです。アレはきっと、昔巽様が襲われたものと同じでしょう。脱獄も、まだ我々が見抜けていない化け物の能力を利用して、あの女性を手助けした可能性もあります。そして、美月様のこと……美月様に簡単に近付ける人物、つまり城で生活している者が美月様に何かしらの魔法をかけた。それもまた見抜かれないような、特殊な魔法。脱獄と美月様のことを同時に起こすことによって混乱を起こし、その間に証拠隠滅を図ろうとしているかもしれません。化け物としての能力と人間としての魔法を使いこなす存在によって、我々は掌の上で転がされているのではないかと。牢獄では、どんな人間も魔法を使うことは出来ない。しかし、裏を返せば人間でなければ魔法を使うことが出来る……」

「つまり陸奥大臣、君は『城で生活する人のフリした化け物』が犯人でないかと思っているんだ」


 陸奥大臣の推理に、ほとんど間違いはない。よくその三つの事件から、そこまで見抜けたものだと感心する。出来ればこういうのを興津大臣にやって欲しいものだが、叶わぬ夢だ。


「城にいるとなると、色々厳しくなりますね……一体どなたが化け物なのか……一人一人探すのなんて気が遠くなりますし、第一その普通の人との違いは普段の時では分からないんですよね? そうなってしまうともうお手上げと言いますか……」

 

 興津大臣は震えた声で言った。


「そうなる。一人一人が、自分で自分の身を守る必要があるということだ」


 陸奥大臣は、そう言ってゆっくりと立ち上がる。椅子は飛ばない。


「しかし、その者の思惑通り混乱を招かせたのは我々の不手際、全て私の責任。こうなった以上、私が責任を取らなければならないと思っている」


 陸奥大臣の言った内容に対し、しばらく静かだった隊長達がどよめきだす。


「その者に肩入れする訳ではないが……私は救ってやりたいと思う。もしその者がまだ人の心を持っているのであれば、きっと深い所で独り悩んでいるのではないかと私は思っている。秘密を抱え、罪を犯すのはどんな人間の心にも残る。それに、私にはかつて救えなかった者が、気付いてやれなかった者がいる。だから、今回こそは……私の命に代えてでも救う。それが私に出来る最後のことだと……巽様、長々と申し訳ありません」

「陸奥大臣、君にはそれが終わってもやって貰わないといけないことが沢山ある、頼むよ」


 僕は精一杯の笑顔を作って微笑んだ。その最後は今ではない、ゴンザレスが僕となって力をつけた後だ。


「巽様……」

「君じゃなきゃ駄目なんだ。ゴンザレスはまだまだ強くなりたいみたいだしね……」


 僕は左手に持っていた鉛筆を置いた。その時、興津大臣が言った。


「巽様? 先ほどから気になっていたのですが……どうして利き手でない手で文字を? あぁ……その関係ないことでごめんなさい。どうしても気になって……ごめんなさい」


 謝るなら言わないで欲しい。関係のないことを急に言ってくるのは、やめて欲しい。彼女の余計な一言で、皆の視線が一気にこちらへと向けられる。


(どうしてこんな時にそんなことに気付くんだよ……いつもは大きなことでもちっとも気付かないくせに……どこまで行っても邪魔しかしないな)


 僕は力が入らない、というか使い物にならない右手が見えないようにしながら、口を開く。


「右手が痛いんだよ……それだけさ」


 そして、長い長い会合はまだ続き、解放された頃には周囲が真っ暗になっていた。僕の知り過ぎている事実と第三者の事実は勿論少し違う。僕は自分の知っていることは決して話さないようにしなければならない。


(このまま右手が使えないのは厄介だ。だけど、治療して貰うと変に怪しまれそうだし……ホヨって狩り出来るかな?)


 そんなことを考えながら、ホヨのいる自室へと向かった。

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