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僕は僕の影武者  作者: みなみ 陽
十一章 もう戻れない
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決意は消えない

―美月の部屋 夜―

「……ったぁ……」


 美月に、無理矢理引き込まれた部屋は暗いだけでなく蒸し暑かった。こんな部屋で引きこもっていたのだと考えると、美月の健康状態が不安になった。

 しかし、僕の腕を掴む力はいつも以上に強い。僕の腕の骨がミシミシと音を立てている。


「離して……くれないかな?」


 僕は、自身の右腕の危機を感じながら美月を見た。勿論、薄っすら見える美月の表情は無表情。


「……見てたの、私」

「見てたって何が?」

「ううん、正確には見せられてたの」

「それってどういう……あ゛う゛っ!?」


 バキッと音がした。骨が真っ二つに折られた時は、こんなに軽やかな音がするのだと思った。


「ごめん、握り過ぎた」


 そして、美月はようやく僕の腕を離した。声色や表情からも反省しているのか、していないのか本当の所は知る由もない。


「なんで……ううっ!」

「行かないでよ、どこへも」

「はぁ?」

「巽でしょ、資料室の前に現れたあの獅子……みたいなのは」


 時が止まった。正確には、とまったのは僕の思考だ。


「へ……?」


 混乱、困惑、動揺、不安、恐怖、錯乱、美月の言った言葉に僕は戸惑い、痛みすらも一瞬で吹き飛んだ。


「私ね、あの日資料室の前にいたの。それは本当に偶然で、ただ通りかかっただけだった。そしたらね、そこにあの画家のシャーロットって人が歩いてきた。私は彼女とあんまり認識がなかったから挨拶だけして、彼女の隣を通り過ぎようとした。だけどその時に言われたの『貴方はこれから目撃者になる。傍観しなさい、そして崩壊の前触れを見届けなさい』って」


 正直、話が頭の中に入ってこない。話している内容は分かるけど、すぐに頭の中から出て行ってしまう。

 そして、混乱する僕を気にも留めず、美月は続ける。


「は? って思った、頭おかしいんじゃないのって。そしたら、彼女の目が光り輝き始めたの。人間の本能的に眩しくて目を閉じた。でも、すぐに目を開けたわ。すると仰天、私は宙に浮いていた。でも、そこから動けない、口も開かない、体が透けてた。間違いなく何かが起こるんだって。下では、彼女が資料室の扉を開けようとしていた。そして、それをとめようと何人かの者達が駆け寄って来ていた。でも、間に合わなかった。彼女が無理矢理こじ開けた資料室の扉は目の前を惨劇に変え、廊下にいた全ての人を巻き込んだ。数十人はいたんじゃないかな……でも、その惨劇に巻き込まれていない人物が一人いた、シャーロットね。彼女は資料室の中へと消えて行った。その瞬間、地を這うような不気味な声が響いた。扉が閉まるまで、城が大きく揺れているのも見えたわ」

 

 美月は淡々と見たこと、聞いたこと、感じたことを話し続ける。混乱し過ぎて、僕はやがてその混乱の中で落ち着きを取り戻していた。美月の話す内容を頭に入れることが出来るようになった。


「そして、それから少しして巽が現れた。そしてあんたは……狂ったように肉片を喰らい始めた……どうして、こんなになるまでって悔しかった。私がやっぱり昔ちゃんと言っていたらって……巽から言わなくちゃ意味がない? ううん、違うわ。自分の責任を消す為にそう勝手に思い込んでいただけ、本当は怖かっただけ、もし言ったら巽がどんな目に合うのか、いつの間にかいなくなってしまうんじゃないかって……私のエゴよ。気付いたら国まで巻き込み始めてた、ずっとずっと陰から奇跡を願って、十六夜が本当に救ってくれるんじゃないかって思い込んで……私が十六夜と巽がこっそり会ってる部屋を父さんにでも言っていれば、こんなことにはならなかったかもしれない……化け物なんて呼ばれ始める巽を見なくて済んだかもしれない。だから巽本人が来た日に言うって伝えてから、私は今までのことを……」


 美月の懺悔を長々と聞かされ続けた。その懺悔を聞いて僕は堪えられなかった。


(僕は結局ずっと守られていた。守ることなんで出来ないその代わりに誰かに罪悪感をずっと背負わせ続けて、悪いのは僕で美月じゃない。僕の弱さがまた人を苦しめた、なんて滑稽なんだろう)



「――アハハッ」


 美月はまだ何かを喋ろうと口を開いたが、僕の笑い声を聞いて、話すことを忘れてしまったかのように唖然としていた。


「アッハハハハッハハハハッハハハハハッハハハッハッハハハハハハハハッアアアッハハハ!」

「巽……」

「知ってたのに、知ってたのに、知ってたのにずっとずっとずっとずっと見なかったことにしてたんだね。そのお陰で、僕は今日まで生きてこれたんだよ。美月が言ってたら、僕はとっくに殺されてただろうね。だって人間じゃないんだもん! アハハ……人間じゃない生き物が人間を襲うなんて未知で恐怖でしかないだろう? 人間が人間を襲ったならそれは裁けばいい、だけど化け物は裁けない。殺すしかない。僕は美月に生かされてたも同然だね! 美月が守ってくれなかったら、僕はこの世界に微かな希望を持ちながら死んでたよ。アハハァッ……無駄に長々と生きてこれたお陰で、この世界の存在になんて未練は一つもない。安心して殺されるなり、死ぬなり出来る。でもさ未練はないけど、やらないといけないことがまだいくつかある……だからね、美月」


 僕は、折れた右手の爪を見た。


(こっちの方がいいよね)


 そして、親指の爪を思いっ切り剥がした。一瞬の痛みが体全体に広がったが、先ほど折られた時に比べれば可愛いものだ。血が少しずつ現れる。

 美月は、後退りをした。


(ごめんね、美月。でも永遠じゃないから)


 僕はそんな美月に近付いて、その折れた右手を美月の頭の上に乗せた。


「深淵なる闇に沈め、我が許可するその日まで静かに眠れ」

「――っ……た……」


 美月は、力なく後ろに倒れていく。


「    」


 その瞬間、美月は口を動かした。もう声になっていなかったけれど。僕は、美月が床に倒れる前に左手で美月の腕を掴んで抱き寄せた。僕が美月の顔を再び確認した時には、もう美月は眠っていた。

 いつか美月が目覚める時、僕の計画が上手くいけばきっと穏やかな世界が美月を待っている。驚くくらい平和な日々が。


「謝るのは僕の方だよ。知らない間にずっとずっと美月を苦しめてた。だけどもう美月は苦しまなくていい、苦しむのは僕だけでいい。喧嘩ばっかりだったけど小さい頃から僕のことを思ってくれてありがとう。僕にこの世界を見せてくれて……ありがとう。そしておやすみ、美月」


 僕は美月を俗に言うお姫様抱っこをして、ベットの上に寝かせた。小さく寝息を立てて眠っている。深い深い眠りに美月は落ちた。


(もう戻れない。絶対にやり遂げるしかない。そのためにはシャーロットさんがくれた手紙も読み解く必要がある。だけどやってしまったな、完全に御霊村に忘れた。ホヨに取りに行って貰おう)


 僕は、美月の部屋の扉を開けた。


「巽様! 美月様はどうでしたか? 何やら少し賑やかでしたが……」

「あぁ~……」


(忘れてた)


「眠ってるよ」

「は!? どうして急に!?」


 熊鷹は慌てて、美月の部屋に入っていった。


(僕が犯人だと疑われないように、ある程度は施したし大丈夫かな)




 後日、いつまで経っても目覚めない美月のことが大騒動になった。「眠り姫事件」なんて皆は騒いだ。微粒の魔法分子が美月の体内にはあったみたいだが、それは基本的に僕達にある魔法分子の量と一定で魔法がかけられたかどうかは判断が難しい、と藤堂さんは言った。

 本来ならば超えるはずの物が超えていないのは理由がある。魔法、いや正確には、呪いに使った血が少なかったからかもしれない。かつて十六夜に証拠を残さずに呪いをかけるには、血の量を少なくすることだと教わった。しかし、そのままだと精度が下がってしまう。そのために必要なのは自身の生命をその分使うことらしい。そのことに僕には躊躇いはなかった。

 さらに、この混乱の中もう一つの混乱――脱獄――が起こり、結局この騒動はうやむやになった。


(ごめんね、皆)


 一つの決意が、家族、国、世界をも巻き込んで、元々この世界にいなかった人物さえも巻き込んでいった結果だった。

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