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僕は僕の影武者  作者: みなみ 陽
十章 この国を
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僕達の名前

―鍛冶屋前 昼―

「おーい! 木の棒見つけたんだけど~はよ出てこんかい!」

「ま……待って下さい」


 全体に伝染していくような痛みを堪えながら、なんとか立ち上がる。正直、気がどうにかなってしまいそうだった。

 僕は、壁を頼りにしながらなんとか玄関らしき所まで来た。そこに僕の靴は丁寧に揃えられていた。その靴を履いて外に出ると、亜樹さんが木の棒を持って待ち構えていた。


「ねぇねぇ! 速く速く!」


 彼女はしゃがみ込んで、木の棒で地面を指す。


「分かりましたって……」


 僕はお腹を押さえながらゆっくりとしゃがむ。しかし、押さえた所で押さえた部分がより痛くなっただけだった。

 そんな僕がおかしく見えたようで、亜樹さんはクスクスと笑っていた。


(笑いごとじゃないんだけど……)


 僕は、彼女から木の棒を受け取った。


(文字を教えてと言われてもなぁ……一体どこから? そういえば、僕が文字を学んだ時は平仮名からだったような気がするな、よし)


 僕は茶色の地面に「あ」を書いた。


「これは何?」

「あ、って読むんですよ」

「あ? ほえ~これがそう読むんだ~! ってか、さっきから言おうと思ってたんだけど敬語やめてよ」

「え?」

「絶対同年代じゃん。何歳?」


 亜樹さんは首を傾げて言った。


「僕は二十歳ですけど……」

「ほれ! 亜樹も二十歳! 敬語を使う理由なんてどこにもない! ずっとムズムズしてたのさ。これから敬語使ったら傷口抉るからね」


 彼女は、人差し指をクルクルと回した。想像するだけでおぞましい。


「わ、分かった! 使わない!」

「よろしい。では次、地面に名前書いてみ」

「え?」


(名前を書く? どうしよう……流石に名前を書いたらバレるかも。でも偽名なんて思いつかない……う~ん)


「おい、また無視かい? 名前書くだけでしょ、書けるんでしょ。書けるんだったら書いてよ」


 彼女の急かす声が聞こえる。


(う~ん……何かいいのは……あ! タミでいいや!)


 頭の中で色々ごちゃごちゃ考えた結果、前に美月に何故か女装させられて城下町へと連れて行かれた時のことを思い出した。その時に美月が適当に僕の女用としての名前をくれた。それがタミだ。別に女装しているわけではないが、この際どうでもいい。


「ごめん、ごめん。ちょっと名前ド忘れしちゃって……」

「名前ド忘れとか、ただの馬鹿じゃん」


 僕は慌てて地面に平仮名で「たみ」と書いた。


「僕は、タミって名前なんだ」

「これでたみって読むのかぁ。さっきの『あ』と、この『み』はくるってしてるけど『た』はしてないね」

「そうだね。そういう深い所はまたいつか……」

「あ、ね! 亜樹の名前も書いて! 『き』! 知りたい!」

「『き』はね……」


 僕は、先ほどの「あ」の下に「き」を書いた。


「わ~! 凄い! これで亜樹の名前になるんだ! 凄い凄い!」


 亜樹さんは手をパチパチと叩いた。


「うん、亜樹さんの名前はこうだよ」


 僕がそう言うと、彼女はぷくっと頬を膨らませた。


「さんいらない、同い年にさん付けれるとか吐き気する」

「えぇ……」

「傷口抉るぞ」


 彼女は今度は人差し指を何度か曲げた。想像したのもあってか、傷口がむず痒い。


「分かったよ……亜樹って呼んだらいいんでしょ」

「そうそう。亜樹もタミって呼ぶから」


 亜樹さん改め亜樹は、満足気ににこりと笑った。やっぱり女性は恐ろしい。

 そして、そこで少し思った。


(国が、僕がちゃんと現状を知ってて対策とかをしていたら……皆読み書き出来たのかな)


「あ、あのさ。ちょっと気になったことがあるんだけど、いいかな」

「ん?」

「亜樹は……その、この国のこととか、王のこととかどう思ってる?」


 僕がそう尋ねると、彼女は一瞬キョトンとした表情を浮かべた。が、すぐに笑い出した。


「すっごい唐突。なんでそんなこと気になったのか逆に気になるけど……う~ん、どう思ってるか? 結構難しい質問だね。まぁ楽しい国だよ。王様には~頑張れ! って思ってるよ」

「頑張れ……?」

「うん。だってすっごい若いんでしょ? 確か亜樹達と同い年だよ? それで、この国の頂点に立ってるなんて凄いとしか言いようがないよ~。亜樹には絶対無理無理、死んじゃう。」


 亜樹は、小さく身を揺らして見せた。


「不満とかないの……?」

「不満~? あのウザったい貴族共をどうにかしてくれた時点で不満とかないけど~……まぁあえて挙げるなら、物価が高い! ってことかなぁ」

「物価?」


 それがあまり僕には縁のない言葉だった。僕が物を買うなんてことはほとんどないからだ。


「そ! 亜樹達はねテレビと写真機が欲しくて欲しくて仕方ないんだけど、あいつら高過ぎ! 貯めても貯めて全然! 死んでも貯まらないよ~」


 亜樹はがっくりと肩を落とす。


「テレビと写真機ってそんなに高い物なのか……知らなかった」

「は!? もしかして、タミ持ってるの?」

「うん……家にはある」

「はぁぁああ~いいなぁ。ってか高いの知らないってどんだけ世間知らずなのさ! タミってこの国の人だよね?」

「それはそうだけど……」

「地方によって違うとかじゃないだろうし……やはり雰囲気は嘘をつかないわ」


 亜樹はうんうんと、納得したように頷いた。


「ハハハ……」


 とりあえず笑うしか出来なかった。


「お~い! おめぇら! そこで何してんだぁ?」


 遠くから鍛冶屋のおじさんの声がした。そちらに視線を向けるとおじさんと少年がいて、おじさんの片手には鹿らしき生物が握られていた。


「あ、おじさ~ん! 文字教えて貰ってたの~!」


 亜樹は、彼らに向かって手を振る。すると、彼らも手を振り返した。


(仕事に戻るって言ってたような気がするんだけど……結局あの子と行ったのか)


「そうか~! 怪我は大丈夫じゃねぇだろうけど、まぁ今から飯だ! 言い伝えが本当かどうか試そうじゃねぇか!」

「言い伝え? もしかしてあれ~? 確かにいい実験になるかもね」


 亜樹は、ちらりと僕を見て言った。


「実験って……」


 僕は、おじさんの手に握られている鹿を見た。ポタポタと落ちる血の滴が新鮮さを感じさせる。


(美味しそう……)


 僕は、今にも零れそうなよだれを必死に堪えた。

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