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僕は僕の影武者  作者: みなみ 陽
十章 この国を
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言い伝え

『今朝発生した空間の歪みは、恐らく化け物によって引き起こされたものであると考えられる。武者達が駆けつけた時にいた女性は、その化け物を巽様であると主張しているが、その時刻に巽様は相撲観戦をされていた為虚言である。王である巽様に対しての無礼な行為であると考え、我々は正体不明の女性を捕らえた。その女性は、自分のことに関しては黙秘を続けている。また、かなりの怪我を負っている。成果としては化け物にそれなりの打撃を与え、弱らせることは出来た。だが、最後の最後で逃亡を許してしまったため国民に注意を呼びかけている。 諜報管理局 興津 若菜』


***

―鍛冶屋 昼―

「ん~、俺のみすぼらしい作業服を着てもおめぇさんだと、すんげぇ上品な感じがするなぁ」


 男性の服を着た僕に対して、鍛冶屋の男性はそう言った。


「そうですかね?」


 一応自分でも確認してみる。が、そういったものはよく分からない。


「父ちゃんが着てるとただのボロなのに、兄ちゃんが着ると凄い価値のある作業服に見えるよ!」

「言い過ぎだよ……それにね、お父さんが着た時の方がこの作業服は美しいと思うよ」


 僕は少年に笑いかける。


「嬉しいこと言ってくれるじゃねぇかぁぁ! 職人冥利に尽きるなぁ!」


 男性が抱き着いた。それと同時に激しい痛みが僕を襲う。


「う゛う゛っ!」

「おっと、すまねぇ! つい抱き着いちまった!」


 男性は困ったような笑顔を浮かべながら、僕から離れる。


「大丈夫です……」

「だから、おめぇ全然大丈夫そうには見えねぇって!」

「あ、そうだ! 父ちゃん! いいこと思いついたよ!」


 少年がポン、と手を叩く。


「なんだぁ? しょーもねぇこと考えてんじゃねぇだろうな?」


 男性は、細い目でジーッと少年を見つめる。


「違う! オラの考えはめっちゃいいよ!」

「ほ~言ってみな」


 すると、少年はゴホンと咳払いをして言った。


「裏山に行って元気な動物捕まえるんだよ!」

「そりゃぁ、なんでまた?」

「あの裏山に住む動物の肉を食べたら、怪我の治りが早くなるってばあちゃんが言ってたんだ!」


(肉……)


 少年の言葉を聞いて、思わず肉に反応してしまった自分が恥ずかしくなった。今朝、ある肉を欲望のままに喰らったばかりだというのに。


「馬鹿、おめぇあんなの信じてんのか?」


 おいおい、と男性は呆れ口調で言う。


「じゃあ、父ちゃんはばあちゃんが嘘ついてるって言うの?」


 少年はムスッと頬を膨らませる。


「いや、別にそうじゃねぇけど……どこにでもあるような山にどこにでもいそうな動物しかいねぇんだぞ? 神社やら寺もあるわけじゃねぇ、マジでただの山だ。昔の人がそう感じただけだろうよ」

「……父ちゃんのばーか!」


 そう少年は吐き捨てるように言うと、奥の部屋に走り去ってしまった。


「おめぇよりは馬鹿じゃねぇよ! ったく……わりぃな、大声でおめぇを気にせず色々騒いじちまってよ」


 男性は頭を掻きながら、申し訳なさそうに僕に笑いかける。


「気にしないで下さい。それにしても……そんな言い伝えがあるんですね」

「俺も聞いたことはあるっちゃあるんだが、怪我の治りが早くなるとかそんなの感じたことねぇからなぁ。いつも食ってるからか? ハハハ!」

「でも、案外昔からの言い伝えって本当のこともありそうですけどね……」


 もっとも、僕はそれを経験したことはないが色々聞いたことがある。例えば、この国にある海で子供が欲しいと願うと海の女神があらゆる条件と共に子供を授けてくれるとか、この国のどこかにある神の祠を見つけ出すと一つだけ願いが叶うとか。

 僕はそれらを信じている訳ではない。ただ、今の場合何でもいいから食べられる物を食べたい。


「どうだかなぁ……っと、俺はそろそろ仕事に戻んねぇと、すまねぇ。ゆっくりしててくれよ!」


 男性は僕に向かって手を振ると、そのまま外へと出て行った。外に仕事場があるってことだろう。


(なんとか色々乗り切ったな……だが問題はこっからだ。城にどう戻るかが……)


 ゴンザレスが僕のフリをずっと上手くやってくれているから、監禁されていた時も大騒動にならなかった。だから、今もきっと上手くやってくれていると信じたい。

 ただその状態で帰宅すると、僕の目論見が全てバレてしまいそうだ。


(ゴンザレスにだけ会えればいいが……う~ん)


 この怪我で動くのは難しい。まだ、ゆっくりせざるを得ないような状況だ。僕は、頭を必死に働かせた。

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