喰らい喰らえ
―廊下 朝―
「ハハ……ハハハハハッ……」
嗤いと涙が自然と零れる。自分の醜さに、自分への恐れに。ただ欲望のままに喰らった後、欲求が満たされて落ち着いた時に、己の行為に怒りと苦しみを覚えた。血塗れになった手が、血塗れになった口が、よりいっそう僕を禍々しく装飾する。
「巽様!」
正面より声がした。ゴンザレスを連れて来た女性の声だと、すぐに分かった。息を切らし、切羽詰まったような声。ドタドタと足音を響かせながら、一人座り込む僕へ駆け寄った。そして、僕と同じように座り込む。血で汚れてしまうことも気にせずに。
「間に合わなかった……ごめんなさい」
涙を浮かべ、悲しそうに見つめる彼女の姿に僕は既視感を感じた。誰かに似ている、それは以前も感じたことだ。だが、その時は分からなかった。
でも、今度は真正面からこの悲しそうに涙を浮かべる姿を見て、記憶の中で、ある人物と彼女の顔が一致した。
「……小鳥?」
僕がそう言うと、彼女はその問いに答えることなく強く僕を抱き締めた。
「早く誰かに言って下さい……ずっとこの世界を生きる誰かに。幼い頃の私でも構いませんから……取り返しのつかないことになってしまいます。その先にあるのは終焉。だから勇気を――」
「君に僕の何が分かる?」
「え?」
彼女の肩がビクリと震えた。
「勇気、それだけで片付けられることならば僕は勇気を出すさ。だけどね、きっとそんなに優しい世界じゃない。小鳥、君は知っているはずさ。化け物と呼ばれた僕みたいな奴が辿った道を。無事だった奴が一人でもいるかい? いるなら教えてよ、勇気が報われる世界を教えてよ」
「それは……」
「いないんだね。君が一体どうしてこの世界に二人いて、一人は大人になっているのか、色々気になることもあるけど……君がゴンザレスと組んでいるのはこの世界を救う為、でしょ? どうしてもう一人の僕を選んだの?」
「私は選べません。選んだのは扉です」
(あの扉がゴンザレスを選んで、大人の小鳥と組ませている?)
でも、それではまるで扉に意思があるみたいだ。その扉がこの世界を救えと命令しているみたいだ。
「でも、彼で良かったと心から思います。きっと彼の姿も巽様の――」
彼女の言葉が突然聞こえなくなった。と同時に激しい頭痛が僕を襲った。しばらくなかった忘れていた痛み、脳を切り裂くような、心臓が今にもとまってしまいそうな痛み。
僕は、彼女を突き飛ばし距離を取った。その時に、彼女が何かを叫んで口を大きく動かしていたが聞こえなかった。
「う゛あ゛く゛ぅ゛あ゛!」
――力も回復し、他に誰もいない……邪魔者を消せる最大の機会だ――
(こんな所で嫌だ……今から他の誰かが……)
――僕は今最大限の力を使える。その心配はない。さぁ、邪魔者を連れて特別な場所での狩りを始めようか――




