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僕は僕の影武者  作者: みなみ 陽
十章 この国を
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不気味な声

―空き部屋 夜―

 一体どれほどの時が流れたのだろう。朝をここで迎えて、夜をここで終えたのは何度目だろう。ゴンザレスは上手いことやってくれているのだろうか、朦朧とする意識の中でそれだけが気がかりだった。

 シャーロットさんは、変わらず鉛筆を使って絵を描いている。すっかり衰弱しきってしまった僕とは違って、かなり元気で楽しそうだ。

 この場から逃げ出そうと思えば逃げ出せるだろう。だが、あの写真を握られている以上好き勝手には出来ない。大人しく絵を描き終えるまで耐えるしかないのだ。


『ここはお手洗いとお風呂があって最高ね~元は客室だったの?』

「物置になる前は……確かそうだったと思います」


 彼女の言葉に返答するのが手いっぱいだ。


『ふ~ん』


 聞いておきながら適当に彼女は返答した。僕は、溢れそうな涙を堪えるために、俯いて必死に奥歯を噛み締める。


(本当に一体もうどうしたら……誰を信じて生きていけばいい? 誰を……)


 全ての人が十六夜に関わっていて、出会いも身の回りで起こる出来事も全てあいつの手の中にあるような気分。皆が僕を嘲笑い蔑む。この自由のない状況下で、精神的にも肉体的にも色々と限界だった。

 


(もう嫌だ……)


 僕は、シャーロットさんの様子を確認しようと再び視線を向けた。すると彼女は、絵を描くのをやめて机で紙に鉛筆で何かを書いていた。


(もう絵は終わったのか……?)


「あの……」

『何かな、たつみん』


 彼女は手をとめることなく言った。


「絵は終わったんですか」

『あのねぇ、たつみん。たつみんの頭は残念じゃないと願いたいのよ。私が、筆や絵の具を使ってる所見た?』


 若干呆れた口調で彼女は言った。記憶のある限りではそんな様子はなかった。ただ鉛筆で線をなぞり続けているように手を動かしていたと思う。そこに筆らしきものや色のついた物は一切登場していなかった。


「……終わってないんですね」


 微かな希望が一瞬にした打ち砕かれた気分で、気分が底の底に落ちた。


『まぁそれなりには時間はかかるわよね。まぁでも大丈夫よ、たつみんはもう少しで解放してあげるから』

「え!?」


 その予想もしていなかった言葉に僕は顔を上げた。シャーロットさんは、相変わらずこちらを見てはいなかったが笑顔だった。


『落差が激しいわね。もう少しポーカーフェイスになりなさい。って言っても理解して貰えないだろうけど、ちゃんと辞書引いてご覧なさい。意外と理解出来るものよ』

「はぁ……」


 僕は横文字は大の苦手だ。理解出来る出来ない以前にもう見たくもない。どうして国によって言語が違うのだと、いつも不快に思っている。


『じゃないと、真相には辿り着けないんじゃないかしらね。まぁ頑張って』

「真相? どうして辞書を引かないといけないんですか?」

『……そりゃ私の国の言語を知らないからでしょ。早く解放されたいんだったらしばらく黙ってて』

「……はい」


 それっきり彼女との会話もなく、静かな時間だけが続いた。感情を失った機械のようになっていた智さんも普段通りに戻った。

 空腹と暑さだけは変わらなかったが、ようやく終わりが見えてきた気がして気分的には楽になった。

***

―空き部屋 朝―

「●◇♡♪▲!」


 シャーロットさんの弾けるような声で僕は目を覚ました。部屋には、朝の爽やかな日差しが入ってきている。

 彼女が何を言ったのか、さっぱり理解出来なかったので智さんに頼ろうとしたのだが、智さんは爆睡していた。それも埃まみれの床で大きないびきをかきながら。

 その様子を見て明らかに怒っているシャーロットさんは、わざとらしくドンドンと地面を踏み鳴らしながら、爆睡中の智さんの所へ向かう。そして、到着すると、彼のお腹を思いっ切り踏みつけた。


「ぐおえぇう!」

「●◇▲♡×▲◇●〇◎!? ◇×▲♡!」

「や、やめて! 内臓が死んじゃいます! すみませんすみません! 起きます起きますから!」


 智さんは、横に転がってフラフラと立ち上がる。一方のシャーロットさんは楽しかったのか手を叩いて満足そうに笑っている。


「ぐえぇぇ……吐きそう」


 朝から手荒く起こされた智さんは、気持ち悪そうに口を押える。


「◇×▲♡◇◎◇×◇、♡◎◇▲」


 そんな智さんに気遣う様子もなく、シャーロットさんは笑顔で紙を手渡した。


「何ですか? これ……手紙?」


 シャーロットさんは頷く。


「えぇ!? 何で急に!?」

「◇××◎。♡◇×◇×◇●▽◇♡Ω♡◇。♡▲×◇×◇、サヨナラ」


 シャーロットさんは、何かを一方的に智さんに言い残してこの部屋から出て行った。出て行くとき若干見えたその表情は、悲しそうだった。


「あの……シャーロットさんはなんて?」

「これ見てね。何か異変を感じるまでは黙ってここにいて。今までありがとう、さよならって言われました。一体何がどういうことなんでしょうか……」


 そう言いながら彼は、先ほど渡された手紙を僕に見せた。数枚ほどあるその紙には、びっしりと文字が書かれている。

 しかし、その文字は英語で書かれていて僕には到底読めそうにもなかった。昔挫折したし、理解も出来ないのだ。


「これ見てね、って言われても私読めないんですよおぉぉ!? 文字なんて! 読み書き出来ないです! どうしましょうどうしましょう!? 物凄く大事なことが書いてあるとは思うんですけど……」


 智さんは涙目でそう言った。


「僕はこの文字……というか英語は読み書きも話すことも出来ません。参りましたね」


(かと言って、これを他の誰かに見せることは危険である気がする……)


 そこで、彼女が昨晩言っていた「辞書を引け」という言葉が脳裏をよぎった。


「あ!」

「どうしたんですか、巽様! 急に読めるようになったとか……」

「いや、それは絶対に無理です。辞書を引いたら分かるかもしれません、この手紙、僕が預かってもいいですか? 後ほど内容はちゃんとお伝えしますから」

「本当ですか!? ありがとうございます! お願いします!」


 智さんは、僕に抱き着く。


「ど、どうしたんですか?」

「すみません! つい! 殺さないで!」


 智さんは、その場に座ると頭を地面につける。


「大丈夫ですよ、殺しませんから」


 第一、人に抱き着かれる度に殺していたら、僕は何人殺さなければならなくなるだろうか。


「あぁー! 良かった!」


 智さんは顔を上げて、安堵の表情を浮かべた。そんな時だった。


「グオォォォォガオォォンン!」


 城が大きく揺れると同時に、聞き慣れぬ不気味な声が響き渡った。その不気味な声は、僕らの居住する棟から聞こえてきているようだ。


(何か異変……これのことか!? 彼女は一体何を!?)


 部屋がメキメキと音を立てる。智さんは、慌ててシャーロットさんがずっと描いていた絵を取った。


「ここから逃げないとまずいです! 智さん急いで!」


 僕は、急いで部屋の扉を開く。


「分かってます! でも先生の絵は死守しなければいけないので!」


 落ちてくる本などを避けながら、僕らは部屋の外に出ることに成功した。それと同じくらいに揺れと不気味な声は収まった。


「はぁ~……危ない危ない」

「声が聞こえた方に行ってみましょう。何かがあったようですから」

「そこに先生いるでしょうか……」

「分かりません、行ってみなければ」


 不安そうに、そして大事そうに絵を抱える彼を連れて、僕は不気味な声が聞こえた方へと向かった。

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