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僕は僕の影武者  作者: みなみ 陽
十章 この国を
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祖国の忌まわしき技術

―空き部屋 夜―

『あぁ……その絶望に満ちた表情……素敵よ。だけど、肖像画にするのにはちょっとアレなのよねぇ。笑えとは言わないから、ほらもっと凛々しくして頂戴よ』


 シャーロットさんは、画布の上で鉛筆を走らせながら言った。何時間経過したのかは分からないが、窓の外はもう真っ暗だ。

 今の僕とっていくつかの心配ごとがある。


 一つ目は、ゴンザレスがちゃんと僕としての仕事をしてくれたのか、ということだ。外での仕事は、よく分からない楽団の演奏を聴くだけのものだから大丈夫であると願いたい。

 二つ目は、シャーロットさんと十六夜綴の関係だ。取引などと言って、僕の弱みを握っているシャーロットさん、その弱みを譲った十六夜綴。つまり、この取引には写真と何かもう一つあるはずだ。十六夜が得するようなこと、それが提示されて彼女はそれを飲んだということ。一体、それが何であるのか分からず僕は不安だ。絶対に、この国に大きな害がもたらされるに違いない。

 三つ目は、いつになればここから解放して貰えるのかということだ。食事や水は貰えるが、食べられない物ばかりだ。昼食と夕食を抜きにされている感覚で、どうにかなってしまいそうだった。もし、肖像画全て描き終わるまで解放されなかったら、僕は死んでしまうかもしれない。こんな死に方は御免だ。


「シャーロットさん……一つお伺いしたいんですが」

『ん?』


 彼女は手をとめて、僕を見る。


「シャーロットさんは、絶対に人が来ない所で描きたいんですよね? なのに、この部屋は人だらけですよ。それで描けるんですか? それで、絵を描くのに支障が出て遅くなるなんてことは……」

『あ~、そんなこと? 全然問題ないわ。だってこの部屋に”人”なんている? いないでしょ?』


 僕に、優しい笑みが向けられる。全てを包み込んでくれそうな優しい笑顔。だけど、それは彼女が口に出していることと一致していない。


『たつみんだって分かってるはずよ。今まで思ったことないの? 周りと同じように出来ない、まるで自分が人じゃなくなったみたい、化け物だって』


 人じゃなくなった、化け物、それらの言葉が僕の心を揺らした。食べられない料理、自分の体が自分でなくなっていく恐怖。

 いつ自分が討伐される側になってしまうのか、いつ自分に終わりが訪れるのか、考えるだけで嫌になる。そして感じていた、自分自身は化け物であると。


「それは……」


 僕は、彼女の顔を見るのも辛くなって俯いた。


『私も隣の馬鹿もそうなのよねぇ。ちょっとたつみんとは違うけど。それもこれも全部、私の国のせい。結構前の忌まわしき物が、遠く離れた島国にまで来てる。それも最初の頃の物がね。どこまで拡散していくのかしら』


 サッサッサッとまた紙を撫でるような音が聞こえ始めた。鉛筆でまた、何かを描き始めたのだろう。


「シャーロットさん達も?」

『えぇ、この姿を見て何となく察して欲しいものね。この髪は染めてなんかいないわ、勿論顔も整形してない。歳も確か四十くらいだった気がけど、今私何歳なのか数えるのを忘れちゃったわ。で、隣の馬鹿は……声のカメレオンって感じかしらね。そのせいでちょっと視力が悪いみたいだけど』


 僕は、ちらっと智さんを見た。智さんは、口だけを動かす機械みたいになっていた。感情も意思も、今の彼からは感じ取ることが出来ない。


『じゃあ、化け物になってしまった私達は永遠に救われないのかと聞かれると案外そうでもないみたい。私の国にも鳥族がいたの、彼らがそれに対抗する歌を作っていたわ。忌まわしき技術は、言葉によってかけられる魔法。その魔法を解くのは彼らの歌だけ。まぁ……その歌はこちらの鳥族は知らないみたいね。それに、この歌はただ助けることが出来るだけじゃない、制御が難しくて救う所か殺してしまうってことも多かった……私の国が、かつて大混乱に陥ったのもそれのせい。結果、その言葉での技術を生み出した者達を狩ったことで収まったけど、時すでに遅しってことね。残党が国外から逃げ出してそれを広げてしまった……きっと資料を探れば似たような事件あったんじゃないかしらねぇ』

「鳥族……」


 しかし、僕はあまり外にいる鳥族と関わったことがない。彼らが僕をあまり好きでないのか、避けられている感じがする。


『そして、この国の場合だとそれが最も渡ってはいけない人に渡ってしまった。私の取引の相手にね』

「一体どんな取引を……」


 僕は、変わらず描き続けている彼女を見た。


『まぁいつかは分かることよ』

「いいんですか? そんなにペラペラと喋って』

『いいわよ。その取引を達成するまでたつみんを監禁しておけばいいんだから。しっかりと馬鹿に見ておいてもらうから大丈夫よ。その為には、まず衰弱して貰う必要があるでしょ』


 彼女の言葉を全て理解した時、血の気が引いて行く感じがした。


『食事によって得た栄養は力になり、それは魔法に使う力で最も大きい。今のたつみんの場合、二食を水だけって中々でしょ? 肉以外を食べれば空腹は満たされるけれど、それはたつみんの体に悪影響を与えるだけ……どんどん抗う術がなくなる。魔法を失った魔法使いに恐れるものなんて何もないわ。ただ、人間ではない化け物に恐れることがあるとするのなら、自我を失うことがあるってことくらいかしら。たつみんの中にいるもう一人のたつみんは、この会話をどう思って聞いているのかしら。意思を持つことがないはずのものが意思を持つなんて……面白いわね』


(誰でもいい……ただ絵を描いているだけじゃないって気付いてくれ……僕はもう限界だ……)


 蒸し暑い部屋の中、何も食べず狂った者達とこれからを過ごすのだと思うと絶望的な気持ちになった。良からぬことを考えている者と無抵抗に日々を過ごすのは本当に最悪だ。

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