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僕は僕の影武者  作者: みなみ 陽
十章 この国を
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取引

―資料室前 昼―

 トントントン、と僕は扉を叩いた。すると、その扉の向こうからしわがれた男性の声が聞こえた。


「誰じゃ誰じゃ? どこのどいつじゃ?」

「僕です。文書を保管して貰おうと思いまして」


 僕がそう言うと、扉の中央付近に紙を入れるのにちょうどいいくらいの穴が現れた。僕はそこに文書をゆっくりと入れると、吸い込まれるように向こうに消えていった。

 向こうから紙が落ちるような音もしないし、しっかりと受け取ってくれているのだろう。


「確かに受け取ったぞ。しっかりと守る。フォッフォッ!」


 笑い声が消えると同時に穴も消えた。


(一体これはどういう仕組みになっているんだろう? というか、この中にいる……おじいさん? ってどんな人何だろう? 僕の記憶のある限りではずっとこの声なんだよね……資料室に入ったことある人はいないらしいし、資料室にいるおじいさんだけが許されてるのかな?)


 僕達が許されているのは、資料室の前までだ。資料の出し入れは、中のおじいさんとのやり取りが必要になる。これが、一体いつから始まったのか陸奥大臣に聞いたことがあるが、なんとこの城が出来た時からこの仕組みであるらしい。

 さらに、言い伝えによると無理矢理にでも入ろうとすると、死ぬとか末代まで呪われるとか二度と外に出られなくなるとか、とりあえず物騒なことしか聞かない場所である。

 だが、無理に入らなくても、ちゃんと頼めば資料は貰えるので何故そんな言い伝えがここまで残っているのか不思議ではある。


(おじいさんは選ばれし者みたいな感じなのかな……あの開かずの扉を使える人みたいに)


 僕は、そんなことを考えながら振り返った。


「こんにちは! 巽様!」

「うわぁ!?」


 かなりの至近距離に智さんがいた。もう一歩ずれていたら、事故が起きていたかもしれない。僕が大切なものを失う、最悪の事故が。その事態を恐れた僕は、扉に張りつくくらい後ろに下がった。

 そして、目線を少し下げるとシャーロットさんがいた。


「暑いですね! ムシムシしちゃって……お目覚めの早い蝉が一匹泣いてましたよ~、もう聞くだけで暑い暑い」


 智さんは、手で顔を仰いだ。


「そうですね……それよりどうしたんですか」


 シャーロットさんは、パンッと軽快に手を叩く。


『ようやく描き終わったのよ、たつみん。だから肖像画を描く。異論は認めない、今すぐに来なさい、今が一番描けるの』

「え? でも僕まだ仕事が――」

『いいの? たつみん、私知ってるわよ? たつみんの知られたくない~ひ・み・つ! 皆にばらしちゃってもいいのかなぁ?』


 シャーロットさんは、満面の笑みを浮かべる。


「は……? 何言ってるんですか? 僕に秘密なんてないです」

『嗚呼、たつみんって本当可愛い。嘘つくのが下手なくせに、必死に嘘ついて……守ってあげたくなっちゃう』


 この場から逃げ出したい。無駄なあがきだと分かってはいても。


「嘘なんて……ついてない!」

『嘘のための嘘? 無駄よ。この永~い時間を生きてきた私にはね、もう色々と分かってることがあるの。一体どの辺まで追及したらいいかしら? そうねぇ、初めて会った時から独特の獣臭? って言うのかしら、抱き着いた瞬間に私には感じたわ。それにあのパーティー会場で生肉を食べてたのも見たわ……それに最近の食事も肉ばっかり食べてるでしょう。油断し過ぎよ、私みたいな侵入者がいる可能性があるんだから、見つかったら困る物はちゃんと上手く隠しておかないと……ねぇ?』


 シャーロットさんは、そう言って一枚の写真を取り出した。


「な……!」


 その写真は、かつてこの城の専属の写真家が最期に撮った写真だった。僕と十六夜綴が関わっている写真。それは、十六夜が持っている筈の物だ。しかし、何故か今それがシャーロットさんの手にある。


「どうしてそれを貴方が!?」

『嗚呼……分かりやすく動揺しちゃって……本当大好き。どうしてこれを持っているか? そうよね知りたいわよね、教えてあげる。大人になりたてのたつみんに、染まりきれてないたつみんに……』


 シャーロットさんは、僕に勢い良く飛びついた。彼女の顔が近い。近過ぎる。こんな少女のような顔なのに、とんでもない内容を僕にぶつけてきている。この距離で改めて見ると、本当は中年の女性だという真実さえも揺らぐ。


『取引よ。十六夜綴だったかしら? 向こうからこの写真を見せてきたのよ、これを使ってたつみんを自由に使えって、だからこうしてみた。さぁ、どうする? 仕事する? それとも……』


 彼女の純粋な笑顔は、本当に純粋なのか。僕のついてきた嘘は、僕の嘘なのか。当たり前であること、そうでないこと、僕の中で全てがぐちゃぐちゃになっていった。

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