人生初めての遅起き
―自室 昼―
「ぐああああああああああああああああああああああああああ!」
騒々しい雑音によって、僕は目を覚ました。その雑音は聞き覚えのあるというか、一応それは僕の声だ。
だが、僕の寝言ではない。雑音の侵入口は窓。窓は開かれていて、気持ちの良いそよ風が入って来ている。
(頭が痛い……寝過ぎたかな? というか、今何時だ!?)
焦りに駆られて、僕は起き上がる。生まれて初めて寝坊というものをしてしまったかもしれない。慌てて、普段時計がある位置を見たのだが――。
(あれ? 時計は?)
「フフフー! 時計は怪盗皐月が貰ったでござる~~~!」
ベットの陰から、皐月が悪戯っぽい笑みを浮かべて顔を出す。
「はっ!?」
(意味が分からない、意味が)
「兄様の時間は、皐月の手の中にあるので~す!」
「仕事が……もういい、僕は行く」
僕はベットから降りて、服を着替えようと立ち上がった。今は、皐月の遊びに付き合っている暇はない。
「駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目!」
皐月が僕の右足にしがみついて離れない。
「おっ、降りてっ! 皐月!」
必死に右足を振る。が、それは逆効果だったみたいだ。皐月は僕の足をがっちりと掴んで、僕の足をまるでおもちゃのように楽しみ始めた。
「きゃはははっ!」
(きゃはははっ! じゃないよ! と、とにかく着替えないと)
足を引きずりながら、なんとか洋服タンスの前にまで辿り着いた。
「きゃ~! 駄目ー!」
(たまには、しっかりと言わないとな)
「あー、もういい加減にしろっ!」
僕は声を張り上げた。
すると、たちまち皐月の目には大量の涙が浮かび、口角は下がり、唇が小刻みに振動し始める。
(ま、まずい)
「うわああぁぁあぁぁぁぁぁぁんああああぁぁぁぁん!」
僕は思わず耳を塞いだ。こんなに泣きながらも、僕の足は相変わらず掴み続けている。
(頭が割れそうだ。傷口にも響く)
体全体がヒリヒリと痛む。昨日のガラスの怪我は癒えていないみたいだった。
「泣かした」
「なっ!?」
近くで美月の声がした。僕は周囲を探すが、見当たらない。再び前を向くと、すぐ目の前に美月の顔があった。
「うわああっ!?」
予想外の所からの登場に、僕は尻餅をついて倒れた。ちなみに、皐月はしっかりと僕の足に掴まって泣き続けている。
「私が砦、絶対に仕事はさせない」
「砦って……何で!」
「ひっく、うっく……兄様疲れてる。疲れてるから」
「父さんが休ませろって、直接言えばいいのにね。こんな厄介なことしなくてもいいのに。仕事は父さんが代行するし、私も手伝うし、大臣達もやってくれるから大丈夫。ま、三日間だけだけど、ゆっくり休みなさい」
「父上が?」
「そっ、折角だし、庭でも散策してみれば? ゴンザレス? だっけ、鬼の特訓しているみたいだから、面白いわよ」
「お庭! 皐月も行くっ!」
突如、皐月が元気になった。皐月は外で遊ぶのが大好きだ。大体それで服を汚して、かなり使用人を困らせている。
(父上がそう言っているのなら、僕はそれに従うしかない。いつだって父上は正しいんだ。申し訳ないが、お言葉に甘えよう)
皆に仕事をやって貰うのは申し訳ない気分だが、三日間だけしっかりと休むことを決めた。
「分かったよ。じゃあ、皐月行こう」
僕は、足からようやく離れた皐月を抱き抱えた。
「わ~い!」
「行ってらっしゃい」
真顔で手を振る美月、満足そうだ。最近は、美月が何を考えているのか、なんとなく分かるようになってきたような気がする。
小さい頃から歳が一番近くて、距離が近かったから、というのもあるかもしれない。まぁそれでも、なんとなくだが。あくまで僕が勝手に感じ取っているだけ、勘違いかもしれない。
でも、確実に分かることもある。昨日言われた言葉、美月の伝わりにくい優しさを感じることは出来た。
「美月、美月の方こそ怪我は大丈夫なの? ガラスの破片が――」
「そんなに刺さってないよ、心配しないで」
美月は僕に手の甲を見せた。傷一つなかった。治療によって治ったということか。僕は、治療だけではどうにもならなかったらしい。まぁ、自業自得だ。
「姉様? 兄様? 行かないの?」
「嗚呼、行こう」
僕は、扉の前まで皐月を抱き抱えながら歩いた。
「ごめん」
最後にそれだけ美月に伝えた。そして、僕は扉を開き庭へと皐月を連れて向かった。