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僕は僕の影武者  作者: みなみ 陽
九章 母
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仕組まれた出来事

―廊下 夜―

(挑発してもあの程度とは……もう少し先だな)


 そんなことを考えながら、廊下に辿り着くと、美月が先ほどと同じ位置で壁にもたれかかっていた。僕の足音に気が付いて、ちらりと視線を向けた。


「閏は?」

「まだ来てない……」


 その声はとても小さい。体が限界を表しているみたいだ。でも、そんなことを気にしてはいられない。


「そうか。ならちょうどいい機会だから、美月に聞きたいことがあるんだ」


 僕は、もたれかかる美月の前に立った。美月は、僕を見上げる。


「どうしてお酒を飲んだか、でしょ。そうね、今ならだれもいないしね」


 かすれた声で美月はそう言った。


「うん」

「皐月の誕生日パーティーの時、あの煙で前が見えなくなった。それで目を閉じて見えるようになるまで待ってた。少しして静かになったし、もう収まったんだろうなって思った。だから、ゆっくりと目を開けたの。そしたら、目の前が真っ青だったの。綺麗な……青ような、緑のような……そうね碧色だったの。信じて貰えるか分からないけど」


(碧色!?)


 美月の言葉が確かであるのならば、僕と同じような体験を美月もしたということになる。僕はこのことを誰にも話してはいないし、その言葉に偽りはないと思った。


「どうしたの、そんなに驚いた顔をして」

「あ、いや……別に」

「……まぁいいけど。続けるわよ」

「うん」

「少しすると、そこで声が聞こえた。男性の声ね。でも聞き覚えはなかった。混乱する私に声は誘惑の言葉を言い続けたわ」


 そう言うと、美月は俯いた。


「誘惑?」

「あ、でも甘言って方が適切かも。今思ったらなんであんなのの言葉を信じちゃったんだろう……めちゃくちゃな言葉だったのに。情けない、本当」

「それで、その後どうしたの?」

「その言葉に私は完全に侵食された。それでしばらく俯いてたの。で、急に辺りが騒がしくなったから顔を上げた。その時にはもう巽はいなくなってた。勝手にいつの間にか何も言わずにいなくなってる巽が許せなくて……全然イラつくようなことでもなかったんだけどね。おかしくなってた。で、席にご着席下さいって放送が流れたから、イライラしながら席に行った。で、少しして巽が閏に連れて来られた」


(やたらイライラしてたと思ったら、そういうあれか……)


「それでお酒を飲むきっかけになったゴンザレスのことはどう繋がるの?」


 美月は顔を上げて、しっかりと目を見て言った。


「今思い返せば、ゴンザレスも様子が変だった。皆がどっか行った後も私は席に座ってたの。そうしたら、どこからともなく急に現れたの。お酒と肉を持ったゴンザレスが。フラフラ~っといつもの感じで現れたけど、どこを見てるのか分からない感じで……不気味だった。そんなゴンザレスは、笑顔で私の前にお酒を差し出して囁くように言ったのを覚えてる。『もう苦しむ必要なんてないだろ。事故の件は、お前は十分償った。中途半端でその応急処置的な魔法に縛られる必要もないだろ』って……それが心を侵食されていた私にとって大きな引き金になってしまった。気付いたらもう……ベットの上だった」

「なんで……なんでゴンザレスがあのことを知っているんだ?」


 ゴンザレスが絶対に知っていてはいけないことだ。到底、使用人達や大臣達が教えたとも思わないし、家族も言うとは思えない。


「さぁ……ゴンザレスもすっかり元の様子だし、ゴンザレスも何かされてたのかも。ゴンザレスは責めないで」

「嗚呼……」


(ゴンザレスが様子が変だったのは、あの首飾りのせい。あの首飾りを渡したのは朝比奈元大臣。朝比奈元大臣と関係があったのは……十六夜綴)


 最悪だった。こうなることも全て予想済みだったのだろうか。あいつの手の中で僕達は皆踊らされているんだろうか。


(まさか……あの女のことまでもか? 流石にそこまでじゃないかな? 単独にただ時を待っていただけみたいだったし……母上じゃなかったのが残念だったけど。それにしても、なんであいつに辿り着くんだよ……どうしたらいい?)


 考えれば考えるほど、頭が痛くなってくる。


(僕がどうにかしないと……早く解決しないと。また誰かが被害に遭う。あいつは生かしていては駄目だ。時に、王は非道にならなくてはいけないんだ。それを教えてくれたのはおじさんでしょ? だったら、国のために命を狙われても文句ないよね? 僕に沢山のことを教えてくれた人であったとしても、国を壊そうとしているのなら……消されても文句なんてないよね)


 頭の中でおじさんの姿を描いて、頭の中でそう言った。頭の中のおじさんは、やっぱり不気味な笑みを浮かべている。


「どうしたの巽。そんなに怖い顔をして」


 その美月の声に、僕はハッとした。


「なんでもないよ……ははは」


 必死に笑顔を繕う。その僕の様子を見て、美月はため息をついた。


「どうだか」

「あれ、こんな所で休憩ですか? お二人共」


 僕達の会話に割り込むように声が聞こえた。その声は、廊下の少し先にいた人物からだった。その人物は、シャーロットさんの弟子の智さんだった。そして、その手には雑巾らしき物が握られている。


「違いますよ。ちょっとまぁ色々あって……それより智さんは一体?」


 この廊下は基本人が通ることが少ない。ましてや客人が通るなど皆無に等しい。何か企んでいるのではないか思った。


「そんな怪訝そうな顔しないで下さいよ!」

「いや……どうして客人である貴方達がこんな所にと思って……」

「あぁ、勝手に部屋お借りしちゃってすいません。先生がどうしてもって聞かなくて。やたら人の気配がないものですから、先生がここがいいって……もしかしてあっちの方は国の機密やらが詰まっている所なんでしょうか!? なんてことだ! すみません、すみません! 知らなかったんです! だから命だけは……!」


 智さんは顔を真っ青にして、勢い良く土下座をした。


「いや僕はまだ何も行ってないけど……勝手に使われるとは……ちゃんと許可を取って下さいね。向こうは老朽化も酷くて改修も遅れているんです。立派な画家の先生がそのせいで怪我なんて嫌ですから。ちなみにどの部屋を使っているんですか?」


 スバッと顔を上げると、智さんは涙目で言った。


「一階の一番奥の部屋です。本が沢山ある……」

「あ、あそこ。いいよね。落ち着く」


 美月が頷きながら言った。


「あそこですか、なら大丈夫です。好きに使ってください」

「良かったぁぁぁあ! ありがとうございます!」


 智さんは、地面にガンッと音が鳴るほどの勢いで頭をつけた。


(大袈裟だなぁ……)


「でも、あの部屋で何してるの?」


 美月は、不思議そうに言った。確かにそうだ。わざわざあの部屋でなくてはならない理由は何だろうか。客人用の快適な部屋ではなく、埃っぽくて空気の悪い部屋で何をするのだろうか。

 

「あっ、はい! 先生は絵を描いております!」


 額を真っ赤にしながら、笑顔で彼はそう嬉しそうに言った。


「絵を? あんな空気の悪い所で描かなくてもいいと思うんですけど……」

「先生は絶対的に人が来ない所でないと描きたくないそうなんです。人が来なければどこでもいいと。こだわりですね。思い出します、人がいない燃え盛る炎の中イキイキと絵を描いていた先生を……!」


 頬を赤くして、彼はやや興奮気味に語る。


「画家の人は凄いね。巽」

「う、うん」


(やっぱり凄い人ってどこか変わってるんだろうなぁ。でも、燃え盛る炎の中って……ヤバいような……)


「あ、後で王様も呼びますね! フフフ……肖像画楽しみです」

「嗚呼……」


(憂鬱だ)


「お姉ちゃ~ん! こっちこっちこっちだよ!」


 座り込む智さんの向こうから、閏が現れた。閏の隣には小鳥がいた。美月を見るなり、小鳥は両手を口に当てて声を上げた。


「大丈夫ですか!? これは一体……」

「閏から聞いていないのか?」

「無言で着物を引っ張られたので、どうしたのかなと思って来てみたんです。そしたら……」

「小鳥、閏と美月を頼むよ。二人共怪我をしているかもしれないから」

「承知致しました!」


 小鳥は、にこっと優しく笑った。


「怪我? 休憩をしていたわけではないんですか!?」

「さっき思ったけど、これが休憩に見えるなんてどんな目をしているのかしら」


 美月は智さんに対して、呆れた感じを露骨に出しながら言った。


「じゃあ、僕はこれで……シャーロットさんにあまりあんな部屋にこもり過ぎないようにと伝えて下さい。では」

「了解です!」


 智さんは敬礼をした。しかし、それは陸奥大臣の敬礼を見慣れている僕としては、少し汚く見えた。そんな評価をしてもどうしようもないことくらい分かってはいるのだが。


(手紙の続き……早く書いてあの鳩を呼ぼう)


 僕は足早に廊下を後にした。

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