その日まで
―? 中庭 夜―
ゴンザレスは、勢い良く巽を壁へと投げ捨てるように押し付けた。
「痛いな……フフフッ」
巽はそう言いながらも余裕の笑みを見せる。一方のゴンザレスは、強く巽を睨みつけている。何も知らない人には、誤解を与えそうな状況だ。さらには、もっと知らない人達には恐怖の光景だろう。
「いつからだ? お前はいつから意識があった?」
「意識? 僕の目が覚めたのはさっきだよ……」
しかし、この言葉は嘘だろうと感じる。彼の表情に嘘だと書いてある。
「嘘つくんじゃねぇよ! お前にはとっくに……意識あっただろうが!」
ゴンザレスは、巽の胸倉を掴む。
「……だったら何かな」
巽は笑うのをやめて、ゴンザレスを睨む。
「だったら何かな、じゃねぇよ。あのままだったら美月野郎をお前が殺してたんだぞ!? この意味分かってるんだよな!? とめることが出来たのに、あえてとめなかったのはなんでだよ!」
「お前、こんな風に人を脅すことに慣れてるだろ」
「話逸らしてんじゃねぇよ! なんでかって聞いてんだ!」
「はぁ……しつこいな、お前は」
巽は、ゴンザレスから放たれている圧迫感をなんとも思っていないのか、露骨に大きく分かりやすくため息をついた。
「お前を心配して来てくれた閏に対してもそうだ。お前は平気で魔法を使った」
「鬱陶しかった。うるさかった。これで美月に勝てると思った。それだけだよ」
巽は、左手で胸倉を掴むゴンザレスの手に触れた。
「それに、美月にはムカついてたんだ。反省したんじゃなかったのかって、あの時僕は美月が反省したと思って、他の人達を犠牲にして美月の名誉を守ったのに。同じことを繰り返すなんて許せなかった。だったらこのまま……ってね」
「お前……!」
ゴンッ、と鈍い音が響いた。巽の頭と壁が衝突させられたのだ。
「……やっぱり、まだ駄目だな」
巽は、小さくぼやくように言った。まるで、心の声が思わず漏れてしまったかのようだ。
「はぁ!? 何が駄目なんだよ!」
「ゴンザレス、お前はきっと今までそうやって人を威圧したりして色々吐かせたりしてきたんだと思う。だけど、それはその人達が非力だったからお前の前で屈しただけだ。多少なりともお前に対抗する力がある者なら、きっとこうする」
そう言って巽は、左手でゴンザレスの胸倉を掴んでいる腕を掴み、右手でその関節に手刀打ちした。
すると、そんなに強い力でしたように見えなかったにも関わらず、ゴンザレスは苦悶の表情を浮かべて地面に倒れた。
「な……」
「じゃあ、僕は美月と話さないといけないことがあるから。もう医務室行ってるかなぁ……間に合うといいんだけど」
巽は少し気だるそうに、ゴンザレスの所から去って行った。残されたゴンザレスは、そのまま大の字になって空を見上げていた。
「……家族傷付けたら、取り返しつかねぇことになるって言いたかったのに、居場所がなくなるって教えてやろうと思ってたのに……もうあいつは戻れなくなっちまう。俺だけじゃ駄目だ、早く帰って来てくれよ。どんだけ時間かかってんだ。コンビはコンビじゃねぇと意味ねぇだろうがよ……」
その頬には光る物があった。
嗚呼、可哀想に。報われぬ哀れな魂達が、愚かで哀れな魂を救える時は一体いつになるのだろう。
あくまで我々は傍観者であり観客だ。救われる道を指し示すことは出来ない。だから、我々はただいつも見守り続けるのだ。
報われぬ哀れな魂が報われるその日まで――――。




