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僕は僕の影武者  作者: みなみ 陽
九章 母
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慣れない体

―美月 廊下 夜―

 体が壁に強く衝突する。その時に、ドゴッという鈍い音が廊下に響き渡った。


「痛っ」


 無効化する時間も与えられなかった。全身に満遍なく痛みが広がって、痛みが自己主張を繰り返す。しかし、無抵抗にやられる訳にもいかない。私は、痛みに耐えながら立ち上がる。


「やってくれるじゃない……ちょっと舐めてたかも。今から本気出す」


 私は、目の前の巽を睨んだ。中身は巽ではないけれど、そんなことを一々考えていては頭が混乱してしまう。


「舐められるなんて悲しいわ。使用人長をやっていたというのに……まぁしばらく自分の体を持っていなかったから、まだ上手く使えていないけれど」


 巽はにっこりと笑う。


(嗚呼……巽の昔のような笑顔をこんな形で見たくない。それに、巽最近おかしいのよ、笑う所じゃないのに楽しそうに笑って……)


「それにしては、普通に魔法をとか使いこなしてるみたいだけど」

「さっきまで、陸奥大臣と戦っていたの。その後話もしたわ、彼は変わらないわね。でも少しひやっとしたのよ。戦い方が私みたいになりましたねって……適当に誤魔化したけれど、流石としか言いようがないわ」


 巽は右手を横にスライドさせる。十本のナイフが現れた。


「巽はそんな戦い方しない。相手を完全に仕留めるような戦い方はしないのよ」

「戦う者としては甘過ぎるのよ。だから隙を利用される……愚かで可哀想な王」


 ナイフが私を取り囲む。


(こんなのが一気に来たら、確実に死んじゃうわね)


 でも、私に恐れはなかった。逃げることだけに関しては絶対的な自信があるから。


「この家系に生まれなければ……巽は苦しむこともなかったのかなぁ」


 そして、ナイフが一斉に私の方へと向かってきた。私は、落ち着いてナイフがどの軌道で向かってきているか、即座に確認する。


(余裕ね)


 神経を研ぎ澄まして集中すると、ナイフの向かって来るスピードが非常にゆっくりに見える。これが出来るようになったのは、私の悪戯に対して泣きながら応戦してくる巽の攻撃を見続けたからだ。

 私は、ナイフとナイフの間をすり抜ける。対象物を失ったナイフはぶつかり合い、カキーンと金属音を立てながら下に落ちた。


「あら、残念。痛いのはお嫌い?」


 巽は微笑を浮かべる。


「痛いのがお嫌いとかそういうアレじゃなくて、なんて言うの? 巽にやられて召されるとか、なんか納得がいかないのよ。まぁ実際は巽であって巽じゃないけど、でもやっぱり巽だからムカッってしちゃうのよ」


 私は落ちたナイフを一本拾った。歯の部分に触れてみる。ヒンヤリと冷たくて間違いなく本物だった。これが十本も私の所へと来ていた。逃げることが出来なければ、確実に仕留められていただろう。

 すると、手に持っていたナイフが生きているかのように暴れだし、落ちていたナイフも再び宙に浮いた。


(確実に戦力を落としていくしかない)


 私は暴れるナイフを強く握り締めた。生きているみたいで気持ちが悪い。ナイフの動きに体が持って行かれそうだが必死に踏ん張った。


「あらあら、そのナイフがお気に入り? 残りの九本が寂しがっているわ」


(どうせ無効化してもまたこんな風になるんだろうし……破壊するしかない)


 右手に持っていたナイフにまず左手をかざす。すると、思ったよりも簡単に粉々に砕け散った。


「折角陸奥大臣から貰ったのに……残念」


 本当にそう思っているらしく、悲しそうに口角を下げた。


(限りあるってことか……体力だけには自信があるから小さく小さくぶっ潰していこう)


 宙に浮いたナイフがまた私に向かってくる。ナイフに神経を尖らせて、それらを確実に私は避けた。そしてぶつかり合い、金属音を立てている所に私は手を翳した。本当に脆くて粉々に砕け散った。


「陸奥大臣は、魔法用ではないナイフを渡したのね。お陰で粉々に出来たわ」

「慣れない間はこれがいいって……やられたわ」


 そう言うと、巽は私に手を向けた。


「慣れない体だから、慣れていた魔法が思うように使えないなんて本当に悲しいわ。攻撃の間隔が空いてしまう……最悪ね。この体が慣れている魔法でないと上手く出来ないのかしら」


 巽は首を傾げる。


「そう思うなら、さっさと巽から出て行ってよ。どうして巽にこだわるの」

「一番憑きやすそうだった。それにホイホイ私の言葉を信じてくれちゃって……ずっと前から狙っていたけど先客がいて厳しかった。先客が譲ってくれたから今はこう出来ているの。それに巽も許せない、最悪の形を迎えさせてやろうとも思っていたからちょうど良かったのよ」

「巽に何を言ったの?」


 私がそう問いかけると強い風が吹き荒れた。しかし、その強い風に負けないくらいの声で巽は言った。


「大したことは言ってないわよ? ただ私のことを勝手に紫月と勘違いしてくれたから、呼んでみたりしただけ!」


 その言葉に私は怒りを覚えた。だが、その感情も徐々に消えて行った。そんな自分にも腹が立ったが、それもまた外に出そうとすると消えた。


「最低」


 私は、強風に押しやられてまた壁に激突した。起き上がる気力も沸かない。そんな私の所へ、ニコニコと笑顔を浮かべる巽が近付いて見下ろす。私と目が合うと、その笑顔は一瞬で消えた。


「こんなものではないわ。私が味わった屈辱は」

 

 巽は、私にまた手を向ける。私の体に痺れと痛みが一気に襲ってきた。電流を流されているのだ。気が狂ってしまいそうなほどの激しい痛み。それを前の人物に伝えることも出来ない。


「子供達や旦那が味わった痛みはそんなものではないわ。相変わらず何をどう感じているのかさっぱりだけど、何も言い返してこないのだから相当苦しいのね」


(声が出ない。出せない。本当に殺されてしまうかも……そうなったら巽が……誰か……助けて)


 次第に、電流が流れているのもよく分からなくなってきた。


(なんとかしなきゃ……私は巽のお姉ちゃんなのよ……)


 右手を巽に向けようとしたが出来ない。体が言うことを聞いてくれない。目前がぼやけ始める。声が音が小さくなる。そんな時だった。


「お姉ちゃんを苛めるなぁぁあああああああああああ!」

 

 その声が私の意識を呼び戻す。巽の目線の先を必死に追うと、そこにはゴンザレスに肩車された閏がいた。

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