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僕は僕の影武者  作者: みなみ 陽
九章 母
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ずっと忘れない

―美月 廊下 夜―

 私達が悲鳴が聞こえた場所へ到着すると、既にそこには人だかりが出来ていた。周囲の人々の視線を辿ると、そこには尻餅をついた顔面蒼白の使用人の女性がいた。彼女が震えながら窓に指を向けた。それに合わせて、皆が一斉に窓を見る。だが、窓は至って普通である。


「美月なんか変な所ある?」

「ううん、こっちのが反射して映ってるだけだわ」

「もしかして……!」


 弥生は、何を閃いたのか使用人の女性の所に急いで駆け寄る。彼女の変なペースに、恐怖に怯える使用人が巻き込まれるのを防ぐ為、私もすぐにその使用人の所へと向かった。


「今、貴方が見えているものを教えて! 私達には分からないの!」


 キラキラと目を輝かせる弥生に対して、使用人の女性は目を見開く。


「え? 見えていないのですか? そんな……!」


 女性は、自身の目を覆い隠して俯いた。


「だから教えて! 一体貴方の目には何が見えているの?」

「血で真っ赤に染まった窓が見えるのです。まるで今付着したかのようです。でも、これが私以外の誰にも見えていないのであるならば、これは幻かもしれません……」


 震える声で女性は言った。


「弥生、そんなに露骨に興奮しないの。彼女は怯えているのよ」

「美月は知らないの? この城の怖い話を!」

「怖い話?」


(怖い話? この城にある怖い所なんてお墓と、いつの間にか入ってきている十六夜以外想像出来ないけど)


 怖い話と言われてすぐに脳裏に浮かんだのは、墓場と十六夜綴のことだった。

 お墓は露骨に嫌な感じがする。お盆とかに行くけれど、特に夜の雰囲気は味があり過ぎて最悪だ。自分達のご先祖様が眠っているとはいえ、積極的には行きたくない場所だ。

 十六夜の方は、ある意味一番の恐怖だと思う。何度も入って来て、自ら入って来たとアピールしない限りはバレていないのが恐ろしい。私は、巽が露骨に不審だったから気付いたけれど。


「うん! 私はその時ここに住んでなかったから詳しくは知らないんだけど……美月は知ってるのかな? このお城が建て替えられるきっかけになった事故」


 弥生がそう言うと、周囲は静まり返った。でも、弥生はそのことには気付いていない様子だ。


「……知ってる」


 知ってるも何も、私はその事故の当事者だ。思い出すだけで申し訳無くて、心が痛くて、自分が嫌いになりそうだ。

 でも、その事故が怖い話にどう関係しているのだろう。


「その原因不明の事故が数十人の人が亡くなった。その亡くなった人が一番多かったのがここだって聞いたの」

「……そうね。昔は一番ここが老朽化が進んでたの。それにちょうどこの上には海外から入ってきたパイプオルガンとか、とにかくやたら重たい物が沢山あった。倉庫的な感じだったと思う。だから……ここが一番凄惨な所だったって……」


 私のせいで、私が、と当時は今以上に自分を責め続けていた。どうしてこんなことになってしまったのかと色々考え、心が持たなかった。

 さらには、特別会合で審議された結果、私が原因であることは隠された。それが、巽が王になってした一番大きな仕事であったのではないかと思う。きっと、それは巽の優しさと、ようやく国が落ち着いたのにこんな事態が起こっては困るという思いがあったのかもしれない。

 でも、私の心は晴れなかった。起こしてしまったことは変わりないのに、それをなかったことにされた感覚で、謝罪も口外も許されなかった。

 それでも、私は涙を流せなかった。後悔、悲しみ、懺悔、憤り、あらゆる感情が私の中にはあったのに、それを出せなかった。でもそれがきっと私に与えられた罰なのだと、当然の報いなのだと今日まで生きてきた。

 しかし、それで命を奪われた人達が私を許してくれる訳ではない。それに、また私はお酒を飲んだ。声に惑わされ、ゴンザレスがタイミング良くお酒を渡してきた。私には見えないし、分からないが、ここで彷徨う者達のその怒りが目覚めてしまったのかもしれない。


(井戸で命を絶ったあの人が一番……私を憎んでた。当然よ、最愛の人達を全員奪われたんだもの。しかも、その犯人が守られて……許せる筈なんてない)


 私の脳裏に浮かんだのは、当時使用人を束ねていた女性の姿だった。当時の使用人の最高位である紫の着物を着ていた。使用人として最高の女性だった。私も何度も世話になった。

 そして、彼女の家族は誰が見ても羨ましく感じるほど、仲が良かった。円満、それは彼女の家族の為にあるような言葉だと思っていた。その全てを奪った私を、彼女は許してはくれなかった。特別会合で最後の最後まで決定を認めなかった。

 彼女の抵抗虚しく、決まった後も彼女は私に対して一刻も早く自身の罪を告白すべきだと迫ってきた。

 しかし、それは許されないことだった。特別会合で決まったことは、この城で生きる者には絶対的なものだ。彼女は厳重注意を受け、忍者達に監視され続けた。

 やがて、絶望した彼女は一人、この世を去ったのだ。


「どうした! 何事だ!」


 陸奥大臣の訝し気な声が、沈黙したこの空気を切り開く。


「彼女、ちょっと良くないものを見たみたい。医務室に連れて行ってあげて欲しい」

「嘘じゃないよ。むっちゃん。彼女の言うことは全部本当だよ。ちゃんと聞いてあげて」


 弥生は、にっこりと笑って言った。


「はぁ……特段変わった様子は周囲にはないが、うむ。お任せ下さい」


 そう言うと、ピシッと整った敬礼を陸奥大臣はした。


「ありがとう。それと……巽見てない?」

「おぉ! 巽様なら先ほど少しお話をしましたよ! 恐らく、まだ近くにいると思います! はっはっはっ!」


(機嫌がいい……何を話したんだろう)


「分かった。じゃあ、弥生、悪いけど今日はここまでね。おやすみ」

「うん! おやすみ~!」


 弥生は空気が読めない。でもだからこそ、一緒にいて過ごしやすい。純真無垢で、大事に育てられた箱入り娘。何も知らないけれど、知りたいと望み生きている子。


(どうか……変わらないでいて。弥生はそのままでいいから)


 私は弥生と別れ、陸奥大臣が来た方向へと向かった。

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