委ねる
―城内墓地 夜―
墓場は酷く寒い。夜だから、という言葉では抑えきることが出来ないほどに寒く、空気が重い。月明かりしか届かないここは、僕の霞む視界ではさらに見えにくい。
「こっちよ……こっち……」
風の音に近いような女性の声が遠くから聞こえた。その声はこの世の物ではないと分かっていても、僕に恐怖を与えなかった。きっと、それは母上の声だから。
「母……上?」
僕は周囲を見渡す。一体どこから聞こえて来たのか、母上がどこにいるのかを理解する為。見渡す限りの黒を、見通せないこの景色から母上を見つけ出す為。
「こっち……こっち……おいで」
女性改め母上の声は母上の墓からではなく、墓場の入口がある正反対の場所から聞こえた。
(井戸のある所から? どうして?)
閏が言うには、確か僕の隣にいた筈だ。だが、いつの間にか遠くに行ってしまっていたようだ。僕は、再び墓場の入口へと戻る。入口の隣に井戸があって、そこで水を汲んだりするのだ。どうしてそこに母上がいるのかは分からないけど、僕を呼んでいるのだから行くしかないだろう。
もしそれで、僕を許してくれるのなら。
「そう、こっちよ。いい子ね」
次第にその声は大きくなる。井戸から聞こえているという見立ては間違っていなかったようだ。しかし、そこに母上の姿は見当たらない。
(当然か……別に僕にそんな能力はないし。声が聞こえている方が不思議だな。今までそんなことなんて一度もなかったし)
僕は井戸の前に立つ。すると母上の声は、ピタリと止まった。
「母上? 来たよ? どこ?」
僕がそう言うと、ふわりと生温い風が耳を触った。
「貴方の後ろよ」
風と違和感なく、消え入るような声だった。僕は母上の声を知らない。至近距離で改めて聞くと、母上の声の特徴を理解出来た。母上は、こんなにも遠く冷たく感じる声だったのだろうか。それとも僕に対する憎しみが、母上の声色を変えているのだろうか。
恐る恐る僕は振り返る。だが、そこに母上の姿はなかった。分かっている、あったとしても僕には見えないことくらい。でも、微かに期待してしまうのだ。
「見えない……見えないよ。ねぇ、僕はどうしたらいいの? どうすれば?」
僕がそう問いかけても返事はない。先ほどまで聞こえていた声も、生温かい風も感じない。
――彼女は望んでいるみたい。この体で復讐することを――
僕が戸惑っていると、ひさしぶりに声が聞こえた。僕の脳から直接響いて来るような声。そして、周囲が電気に照らされているような明るさになる。
(復讐? 母上は僕に……)
――母上? 相変わらず思い込みの激しい子だ。彼女の力は僕……君にとっても有益だ。素晴らしいものだよ。とってもね。だから君は全てを彼女に――
その声が僕から体の力を奪った。直後、僕の耳元で甲高い笑い声が響いた。その笑い声は、僕を嘲笑っているようなそんな声だった。そして、次第にその嗤い声は小さくなっていった。
視界が真っ暗になった。生温い風が吹く、僕の意識はそこで途絶えた。




