温もり
―空き部屋 夜―
切なく虚しく恐く憎い。一瞬にして、それらの感情が沸き上がる。
(どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして――)
床についた手を強く握り締めた。それでも怒りは収まらず、その手の中でガラスの割れる音や擦れ合う音がしても、怒りがその痛みを奪った。同時に、周囲のガラスの破片が僕を囲うように舞い始める。
(僕は化け物なんかじゃない化け物じゃ化け物じゃない王だ僕は王――)
その時、野太い男性の声と共に勢い良く扉が開かれる音が聞こえた。今はそんなこと、どうだって良かったが。
「何事か!」
「これは一体? あ、巽」
聞き覚えのある声がした。
向こうからもザワザワと声が聞こえる。人がそれなりに集まっているようだった。
(ウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイ――)
「落ち着いて下さい! 巽様!」
「美月様! 危険です! 行ってはなりません!」
「私はお姉ちゃんよ、こういう時にお姉ちゃんしてあげないと。巽、痛いでしょ」
パリンパリンとガラスの割れる音が背後から近付いてくる。
「痛い。でも、巽はもっと痛いのかな」
(コナイデコナイデコナイデコナイデコナイデコナイデコナイデコナイデコナイデコナイデ――)
突然、優しく後ろから抱き寄せられた。温かかった。
「美月……?」
美月は僕の手に触れた。美月の手にも、またいくつかのガラスの破片が刺さっている。
「手、僕のせい? 大丈夫……?」
「大丈夫。大丈夫よ。でも、自分で傷付けないで。駄目」
そして、僕の手を優しく開かせる。僕の手の中は、粉々で赤く染まったガラスでいっぱいだった。
すると美月は、耳元で語りかけるように小さな声で優しく言った。
「巽、巽は王である前に、私の弟、大事な弟。どこまで行っても大事な弟。自分で自分を傷付けるなんて、許さない」
相変わらず、そこに感情を感じることは出来なかったけれど思いは汲み取れた。
「ご、ごめ……ん」
(でも、いつか僕が、僕じゃなくなっても、それでも美月は変わらず弟として見てくれるのか……な……)
***
ー美月 空き部屋 夜ー
(疲れてたんだ、すぐ眠ちゃった。さっきまであんなに震えて怯えていたのに。この寝顔、やっぱり可愛いな)
巽の手は血だらけで、腕や顔、首にもガラスの破片が沢山刺さっていた。それなのに、私の手に刺さったガラスの破片を見るなり、私の心配をした。
でも、破片が私の手に刺さったのは暴走してしまった巽の力のせいじゃない。そこに踏み込んだ自分の責任だ。
部屋に来た時、まるで巽を覆い隠すように無数のガラスの破片が舞っていた。
まるで、見ないで近付かないでと言うように。
「怪我酷いから、巽を早く治療してあげて。貴方達は大丈夫?」
私は、巽を抱き寄せたまま後ろを振り向いた。
「我々は大丈夫です。美月様こそ……」
「私は平気。それより、巽」
「はい。今、医者を呼んでいます」
この部屋に何故巽がいたのか、何をしていたのか、なんとなく分かっている。幼い頃私は見たことがある。会ってはいけない人と会い続ける巽。
でも、それが善なのか悪なのか今も分からない。こうなってしまったのは、それが原因なのだろうか。そして、私は一体どうすべきなのかどうかの検討もつかない。
今、私に出来るのは巽をしっかりと見てあげること。それだけだ。
巽は巽なのだから。




