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僕は僕の影武者  作者: みなみ 陽
九章 母
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遠い背中

―中庭 朝―

「い゛て゛え゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛!」


(よくもまぁ、作ったその低い声でそこまで叫べるな)


 ゴンザレスが豆のように見えるくらい離れているのに、すぐそこで声が聞こえているみたいだ。僕はそんなに叫ぶのが得意ではないが、ゴンザレスは簡単にやってのける。そこは、褒めてもいい所だろう。

 あれだけの距離であれだけの勢いで、頑丈な壁に衝突したにも関わらず意識を失っていないことは凄いと感じた。当たり所が悪ければ骨折や、最悪の場合には死もありえそうなものだが。


(なんにせよ、強くやり過ぎたかな? あんまり魔法の制御は得意じゃないんだよね。意識的にやってもこうなるし。無意識でやってしまうと、本当に取返しのつかないことになる)


 そんなことを考えていると、ゴンザレスは、まるで生まれたての小鹿のように立ち上がった。そして、さっきの今壁に衝突していたとは思えないほどの勢いで僕の所へ駆け寄って来る。


「てめえぇぇぇぇ! いてぇじゃねぇか! 最低最悪! 俺じゃなかったら死んでたかもしれねぇぞ!」


 ゴンザレスは、怒りの形相で仁王立ちをする。ゴンザレスは、衝突した際の砂埃などの汚れはついていたが、それ以外の汚れはなかった。血も流れていないし、骨が折れている気配もない。


「お前……何で無傷なんだ?」

「俺に怪我しろって言いてぇのか?」

「違う。どうしてあれだけの勢いであの頑丈な壁にぶつかったのに怪我一つないのか……疑問に思っただけだ」


 僕がそう言うと、ゴンザレスは頭を掻いて煩わしそうな表情を浮かべた。


「そりゃ……ん~、これはっきり言っていいのかな? でも今いないしなぁ……変なこと言って大騒動とか勘弁だし……参ったな」


 ゴンザレスは腕を組み、ウロウロと行ったり来たりを繰り返し始める。


「おい、ゴンザレス」

「ゴンザレス」

「おい!」


 僕がそう何度も問いかけても、ゴンザレスは返事をしない。自分の考えていることで頭がいっぱいであるようだった。

 なので僕は、ゴンザレスの頬を抓ることにした。僕が近付いても相変わらずウロウロを繰り返すゴンザレスの頬の皮膚を、爪で思いっきり捻る。


「いっ……!」


 ハッとしたような表情で、ゴンザレスは僕を見る。


「なんかもうめっちゃ複雑な気持ちだわ。上手く言えねーけどさ。そんなに気になることかね?」

「気になる。お前の特殊な能力なのか、偶然なのか」

「別にそんなのはないけど……まぁ、いずれは誰しもがそうなるってか……今はそれ以上は言えないな」


(いずれは誰しもが怪我をしなくなる? そんなことがあっていいのか?)


「また中途半端に疑問を残させるのか」

「そんな怒んなって。いずれは多分言えることだとは思う。まぁ俺が帰る頃くらいになったら、かもしれねーけどさ!」

「それはいつ頃になるんだ?」

「さぁ? 俺の決めることじゃねーからな」


 ゴンザレスの帰る時期、それはきっと最初この世界に現れた時に言っていた言葉が、達成出来た時。世界も国も、そして僕も守られた時に。

 僕がこの苦しみから解放されて、誰も犠牲になることなく平和で心穏やかに暮らせる日常が訪れたその時に、ゴンザレスの役目が終了するのだとしたら――――。

 僕は、ゴンザレスを見る。ゴンザレスに頼りになる感じはないし、どちらかと言えば不安になる。目の前の男は国を守ること、人を守ること、そして世界を守ることがどれだけ大きく、大変であるか分かっているのだろうか。

 この国を守る立場である僕自身が、この世界を守れていないのに。たった一人の幸せも守ることが出来ていないのに。


「ゴンザレス! 手合わせの時間だ! どこにいる!」


 遠くから陸奥大臣の威勢のいい声がした。


「うおっ!? やべ、今日テストの日なのに呑気にお喋りしてる場合じゃなかった! しかも時間ヤバめじゃん! わりーぃな、じゃ俺行くわ!」


 ゴンザレスはそう言いながらも、どこか楽しそうに見えた。目は輝いて表情も明るい。そして、その後ろ姿は僕には遠いものだと感じた。

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