邪悪なる魂
―中庭 朝―
(寒っ……)
奇妙な体験をしたからだろうか? 体の芯から寒気がする。もう墓場から、かなりの距離歩いたにも関わらず鳥肌が収まらない。
何故、花立が穴から出ていたのか。何故、花が数歩進んだ僕の背後に落ちていたのか。それを考えれば考えるほど、気分が悪くなっていく。
偶然だけでは、片付けることが出来ない。本当に、あれは人が持ち運んだとしか思えない。勿論、周囲には僕以外誰もいなかったが。
「うわうわうわうわ~! お前マジか!」
その耳に触る声が、僕を思考の世界から呼び戻す。
「あぁ……? ゴンザレスか。何だ?」
「何だ? って……これマジ? あの人みたいなのも見れるなら、こんなのも見れるか……うわぁ~やだやだ」
ゴンザレスは眉をひそめ、わざとらしく身を震わせる。
「さっきから、お前の発する言葉に内容がないんだが」
「内容がないようってか?」
その言葉の後、少しの間沈黙が続いた。ゴンザレスが何を言ったのか咄嗟に理解出来なかったし、理解した後もしょうもなさ過ぎて反応に困ったのだ。とりあえず、僕は周囲の人が駄洒落を言われた時に使う反応をすることにした。
「僕を凍死させるつもりか?」
「キンキンに冷やしてやるよ」
ゴンザレスは、にかっと満足気に笑った。
「断る。そんなことより鍛錬をしろ」
僕がそう言うと、ゴンザレスは不満そうに頬を膨らます。
「お前に言われなくてもしてるよ! 俺が格好良く優雅に美しく可憐に自主練してたら、急に真っ青で顔色の悪いお前が現れたから声かけてやったんだよ。そして俺の優しい心遣いで、その顔色を怒りでも何でもいいから赤くしてやろうと思って、渾身の駄洒落をだな……」
「既にこの世の何人もが口にしている駄洒落が渾身とは……フッ」
「あぁ!? 今鼻で笑ったろ!? この俺の優しさの上でタップダンスしてんのと一緒だ!」
「タプタプが何だって?」
「フッ……お前マジか。基本的な物しか駄目みたいな? あの画家の人が楽しそーに言ってたぜ? 『あそこまで私の言語を理解してくれない人は初めて、どこまで聞き取れないのか興味が沸くわ』って!」
彼女の真似をするように、声を高くし手を組んで、体をクネクネと動かした。しかし残念ながら、その物真似はほとんどど似ていない。いつも隣の眼鏡をかけた弟子のを見慣れたと言うより、聞き過ぎたからだろうか。
「……だったらお前は理解出来るのか?」
「当たり前だ! 俺の語学力を舐めんな!」
(その頭にある辞書は、何も書いてなさそうだけどね)
「本当か?」
「何でこんなことで嘘をつかないといけねーんだよ。俺マジで読み書きも会話も出来るからな。俺の努力を舐めんな」
ゴンザレスは、僕を睨む。その目は嘘を言っているとは思えなかった。
「……努力か」
「おうよ。血と涙と汗でもう一つ地球作れるレベルよ」
「その……レベルって何だ? お前が言う横文字の言葉とかは聞き取れるんだが……意味が理解出来ない。最近になって、ようやくチキンという言葉の意味も理解出来たんだ」
「お前さぁ……よく放置出来るな。俺だったら、気になり過ぎて何も出来なくなるぜ」
やれやれ、とゴンザレスは首を振る。
「特に気になったこともなかったんだよ」
「は!? マジかよ。どんな神経してるんだ? 信じられん……あんなに俺のこととかは聞いて来る癖に」
「……この世界の外には興味があるんだ。小さい頃からね。あの開かずの扉は、一体どんな世界に繋がっているんだろうとか、昔はよく考えていた」
「で、この世界にある物にはそんなに興味がないと……勿体ねぇ!」
ゴンザレスは、ダンッと地面を強く叩きつけるように踏む。その様子は悔しそうにも見えた。
「この世界は、めっちゃ面白い! 不思議なことばっかりだ! 調べても調べてもどんどん謎が生まれてくる。この世界に来て良かった! もし来てなかったら……俺は廃人のまま全てを終えてた。だから、この世界には死ぬほど感謝してんだ。連れて来てくれたあいつにもな。あいつにとっても、俺にとっても宝であるこの世界を壊させたりなんてしねぇ! その為に俺は――」
そう言いながらゴンザレスは、僕に手を向ける。魔法を使おうとしている、それをすぐに理解することが出来た。
(はっ……お前程度の魔法が僕に届く筈がない)
僕は魔法を無効化する為、ゴンザレスが放つ魔法分子を見極めようとした時だった。僕の予想に反して、ゴンザレスは魔法の呪文ではない何かを唱え始めた。
「邪悪に孤独なる魂よ。その者よりかれて大人しく成仏したまえ。汝のいるべき所はここにあらず。出て行きたまえ!」
ゴンザレスが唱えると同時に、その手から優しい光が解き放たれる。しかし、その優しいと感じた光を浴びて、何故か体が悲鳴を上げていた。
小鳥の歌とは違う苦しさ。自分自身が苦しい訳ではないけれど、とても体がだるくなって重く感じた。そして、僕は耐え切れなくなって地面に座り込んだ。草で覆われている地面が、近付いたり遠退いたりを繰り返す。僕はおかしくなっているみたいだ。
「お前一体どこ行ったんだ? なんかかなりヤベー奴が背後にずっといるんだけど。凶悪だな。母さんが端に無理矢理追い込まれてて可哀想だ。だが……やっぱりまだ俺の力じゃ……」
ゴンザレスの声に疲れを感じた。それと同時に僕のだるさと重さは消えて行った。
「何の呪文かは分からないが、僕を苦しめることが出来るようになるなんて大したものだね。それで? 急にこんなことをした報いは受ける覚悟は出来てる?」
僕はそう言いながら、ゆっくりと立ち上がる。ゴンザレスが放った光の効果は、そんなに長くないみたいだ。
「いいようにされてんじゃねーよ! 俺はお前を――」
スッと自身の手が上がった。まるで誰かに引っ張られて、支えられているみたいだった。
「問答無用」
僕の手から放たれた風は、ゴンザレスを城の壁まで勢い良く連れて行った。




