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僕は僕の影武者  作者: みなみ 陽
九章 母
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大切な

―広間 朝―

 閏が言っていた通り、確かに母上は何かを作っていた。周囲の床には、大量に鮮やかな布が無造作に散らばっていた。

 机の上にはミシンが置かれている。その前で椅子に座って、母上は布とにらめっこをしている。僕が目の前から現れても気付かないほど、集中しているようだ。

 僕は花を背後に隠した後、驚かせてしまわぬように静かに声をかける。


「あの……母上?」

「ん? あぁ、巽。どうしたの? どこか体調でも優れない?」


 母上は布を机の上に置いて立ち上がり、速足で僕の前にまで駆け寄る。そして、心配そうな表情で僕の顔を覗き込んだ。


「別に体調の方は問題ないです」

「本当? だってここ最近で何回倒れてると思ってるの? 今回に至っては死にかけたのよ? もう心配で心配で……」

「そんなに心配することじゃないですよ。生きていればそんなこともあります。偶然と偶然の重なりです」

「余計心配よ! 偶然がこんなに起こってる方が問題あるわ! もしかしたら、何かに憑かれてるんじゃないかしら……お祓いした方がいいのかも……」


(考え過ぎだよ……)


 昔から母上は心配性で、ちょっと怪我をしただけでも包帯でグルグル巻きにしたりと、とにかく事を大袈裟にしてしまう。心配してくれているのは有難いが、そろそろやめて欲しいとも思う。昔ほどではないにしても、その心配を受ける側としては色々と疲れる。


「考え過ぎです。僕は何にも憑かれてなんていませんよ。不幸が続く時は続くものでしょう? もう少し楽観的に考えて下さい」


 僕がそう言うと、母上は仕方なさそうに笑った。


「考え過ぎかぁ~……本当にそうだったらいいのだけれど」

「本当にそうですよ。それより母上」


 僕は話を切り替える為、右手に持っていた赤い方の花を差し出した。そして、左手の隠している白い花を落とさないように、しっかりと握る。


「これって……」


 驚きと喜びが入り混じったような表情を浮かべながら、花を見つめる。


「いつも有難う、母上。母上なら、今日が何の日か知ってたでしょう?」

「知ってたけど……まさか、巽が人生で一番最初にこの花をくれるなんて……私っ、嬉し過ぎてどこかに飛んで行ってしまいそうよ」


 母上の目には、涙が見えた。母上は赤い花を手に取ると、僕に向かって微笑んだ。


「大袈裟ですね。泣くようなことでもないでしょう?」


 僕がそう言うと、母上は遂に堪え切れなくなったのか大粒の流し始める。そして僕の言葉を否定するように首を振る。


「大袈裟なんかじゃないわ……私にとって大きくて、凄く嬉しいことよ。ずっと不安だったの、私がちゃんと貴方達の母親になれているのか……でも、こうして母の日に、この赤いカーネーションが貰えて……とても幸せ」


 母の流した涙が、赤い花の花弁に何度も何度も落ちる。すると、花弁は窓から入って来る光によって、キラキラと輝く。そして、僕には目前にある全てが美しく見えた。絵になるとはこういうことを指すのではないだろうか。

 突如、僕の脳裏に、少し前城下町の店でガラス細工が粉々に砕け散った様子が浮かんだ。しかし、母上のボロボロになった手を見て、その光景はすぐに消えた。

 僕は、右手で母上の手に触れる。きっと、裁縫途中で怪我をしたのだろう。元々そんなに器用な人ではないから。


「僕にとって、分け隔てなく接し、愛し、そして見守ってくれた貴方は大切な母親です」


 この言葉は嘘ではない。本心だ。しかし、何故か心が苦しくなった。それと同時に左手で花を握る力が思わず強くなる。

 理由は単純だ。分け隔てなく接し、愛し、そして見守る権利を本当の母親から奪ったのは、この僕であるから。


「愛してるわ……本当にありがとう。巽」


 その迷いなく向けられる笑顔は、僕にとって苦しいものだった。実際僕は迷っている。一体どちらが僕の母となるのか。どちらかを選べと言われたら、僕はどちらを選ぶべきなのだろうか。僕にはどちらも大切な母親だ。僕を生んだ人が母親なのか、僕をずっと育ててくれた人が母親であるのか。僕には分からない。

 そして、その迷いを胸に今度は庭へと向かう。屈託のない笑顔で僕を送り出す母上に、その白い花が見えないようにして。

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