最悪の事態
―美月 巽の部屋 夕刻―
(巽はどこ行っちゃったのかしら、なんか扉の前に謎のメモがあったけど)
扉に『少し用事 遅くなる可能性あり』そう簡潔に書いてあった。私に残したメモではないようなので、そのままにしておいた。
(遅くなるってどれくらい遅くなるのかしら。夜中まで帰って来ないとかなったら退屈だわ)
巽のベットの上に寝転がる。フワフワとして気持ちいい、今すぐにでも眠れそうだ。前に、巽が一度起きたら眠れないとかほざいていたが、このベットで眠れないのだったらもう無理だと思う。
(元々の睡眠時間もおかしいしね、巽は)
ぼんやりと巽の睡眠のことについて考えていた。すると、扉を優しくノックする音が聞こえた。その扉は、ゆっくりと開かれる。私は目線だけそちらに向けた。
「失礼致します……って、美月様!?」
「やっほ、小鳥ちゃん」
小鳥ちゃんは、かなり驚いた様子だ。それは当然だと言える。誰もいないと思っていた部屋に、この部屋の主じゃない人がいるのだから。
片手にあの簡潔メモが握られている。やっぱり、小鳥ちゃん宛てだった。
「どうして美月様が!?」
「巽と約束してたから。でも来てみたら、今小鳥ちゃんが持ってるメモがあったからいないんだーと思って。でも、帰るのも面倒だからベットの上でゴロゴロしてた」
「実は……お昼の後もそうでした」
心配そうな表情で、小鳥ちゃんは言った。
「多分、その時は私の所に来てたからいなかったんだよ。でも、今回は分からない。どこ行ったんだか」
「また、あの怖い生き物さんにさらわれていたらどうしましょう!?」
涙目になって、私を見つめる。
「流石に二回はないと思う。大丈夫。ちゃんと帰って来るわ」
笑いかけて安心させてあげたいけど、それは出来ない。逆に無理に作れば、気持ちの悪い不気味な笑顔になってしまう。安心どころか、恐怖を与えてしまう。そうならない為に、私は笑顔の作り方を巽から学んできたのに、王になってからの巽ときたらいつも愛想笑いだ。
「そうだと……いいんですけど」
小鳥ちゃんは唇をギュッと噛んで、机の上に料理を置いた。いい匂いだ。うちの料理人達は本当に腕がいい。お陰で朝から晩までエネルギー満タンだ。
(巽はいつまで一人で食べるつもりなんだろう。父さんもいつまで意地を張るんだろう。二人とも似た者同士だわ、本当に)
目を瞑って、二人の顔を思い浮かべた。巽は若い頃の父さんにそっくり。昔の写真を見たことがあるけど、今の巽と瓜二つだった。しかし、歳を重ねた結果、あんな渋い顔になってしまったのだ。時の流れは残酷だ。いつか巽もあんなことになってしまうのだろう。
(嫌だ。徹底的に美容について学ばせた方がいいわね)
呑気にそんなことを考えていた時だった。
「いやああああああああああっ!」
私の中のほわほわとした空気を悲鳴が切り裂いた。私は何事かと慌てて起き上がる。小鳥が目を見開いて、小刻みに震えながら座り込んでいる。
そんな小鳥の前には、不気味なほど真っ青な顔の巽が倒れていた。それは、直感的に本能的に”嫌な予感”を与えた。そうであって欲しくないと、考え過ぎであって欲しいと、勘ぐり過ぎであって欲しいと願う。
「小鳥ちゃん、これ何事」
急いで巽の傍へと駆け寄る。
「分からない……分からないんです。料理をいつも通り机に置いてて、扉が開くような音が聞こえたと思ったら、いつの間にか机の横に巽様が倒れてて……ど、どうしよう◎▲◇♡☆〇●」
相当パニック状態に陥っているようで、それ以降の言葉は呂律が回っていない為聞き取れなかった。
「なるほど、瞬間移動の魔法を使ったみたいね」
彼女を安心させることが出来そうなのは、私が冷静であることしかないように思えた。実際、小鳥ちゃんよりパニックなのだが、昼の治療によりそれがもう完全に表せなくなっている為、私にしか出来無いことをやろうと思った。
(私が落ち着いて状況を説明すれば、少しは安心してくれるかな)
そう思った私は、巽の口の前に手を翳した。そこで事態は究極に最悪であることを悟った。直感的に本能的にj感じた”嫌な予感”が的中してしまった。言わない方がいいと分かっていた。だが、思わず勝手に口から出てしまった。
「息……してない」




