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僕は僕の影武者  作者: みなみ 陽
八章 名もなき人の行方
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常識と非常識

―図書館 昼―

「何読んでるんだ?」


 僕が話しかけると、ゴンザレスは肩をびくりとさせてこちらを見る。


「お前か……びっくりさせんなよ。ほれ、これだよ。知ってるだろ?」

 

 ゴンザレスは、本の表紙を僕に向けた。


「『月を見れば』か、昔からある本だから聞いたことはあるけど……」


(小説だったのか……かなり分厚かったから辞書かと思ったよ)


「え、知らねーの? こっちの世界じゃ学校の教科書に一部が載るほど有名で、小さなお子様や箱入りの馬鹿でも分かるって聞いてたんだが」


 ゴンザレスが、ニヤリと馬鹿にするように口角を上げる。


「小さなお子様や箱入りの馬鹿以下で悪かったね。読む時間もないし、それに僕は学校になんて行ってないから」

「そんな怒るなよ。ちょっと煽ってみただけじゃん。てか、何で行ってないの?」

「この国のしきたりって奴でね、僕らは十五歳になるまで城から出れないんだよ。だから、必然的に外にある学校には行けない」


 もし、学校に行けたら……そんなことを考えたことがある。例えば、友達が出来るんじゃないかとか、一緒に友達と遊ぶことが出来るんじゃないかとか想像した。

 だが「城で友達が出来ない奴が、外に出ても友達なんて出来やしない」と、そうあの人に言われてから、僕は現実を受け入れた。


「何だよ、そのよく分かんねー行事は」


 口をヘの字に曲げて、如何にも納得がいかないと言いたげな表情だ。


「さぁ? ずっと昔からあったしきたりだから。それが今も残って行事として受け入れられてるだけの話。皐月と閏も、まだ城から外に出た事はないよ。まぁ、今よりずっと物騒だった時代に、ご先祖様が子供達を守る為にそうしたんじゃないかって説もあるけど」

「今はまだ物騒か」

「物騒だね」


 得体が知れないとされる化け物が呑気に城にいるようでは、平和とは言えないだろう。それに、海外の恐ろしい技術を持ち込み、それを広げる者もいる。

 昔の物騒と今の物騒は少し違うのかもしれないが、どっちにしても安全とは言い切れない。こうやって切り取られた世界で生きるのが、まだ幼い二人にはいいとは思う。


「ふ~ん……俺的には随分と平和に感じるけど、俺の感覚がおかしいだけか。ま、それは置いといて、小説の話に戻すぞ」


 ゴンザレスは、相変わらず険しい表情をしている。そして、そのまま小説を再び開き、物凄い速度で本を捲っていく。


「あ、これこれ。ちょっと聞きたいんだけど、この表現はこっちでは正しいのか? 俺的に色々引っかかるって言うかなんつーか」


 本の中身を僕に向け、小さな文字の羅列の端の辺りをゴンザレスは指差した。距離が遠くて、ちっとちも見えなかったので目を凝らしながら僕は近付いた。


「『夜に見えるひと際目立つ大きな電気、それは月と呼ばれる。夕刻までの電気、太陽とは違い、どこか優しさと包容力を感じるものだ。月と名づけた誰かに会えるのなら、私は感嘆の意を伝えたい。月は、いつも見える訳ではない。その姿も変わる。一番美しい姿を見ることが出来た時、私は何とも言えぬ気持ちになる』……これのどこに引っかかるんだ?」


 指差された所から読める所まで読んでみたが、どこにも僕は違和感を感じない。寧ろ、スラスラと読みやすい。今の僕達が使う言葉に書き換えられているし、読みやすい。


「夜に見える電気、夕刻までの電気って所だよ。それには普通に俺らの世界の一緒で月と太陽って言葉が使われてる。なんか、不思議じゃね? 何で星は電気としか呼ばれないのに、夜に見えるひと際目立つ電気は月、夕刻までの電気は太陽って呼ばれてるんだ?」


 ゴンザレスは、不思議そうに首を傾げる。純粋に疑問に感じているようだ。

 しかし、ゴンザレスの質問にどう答えばいいのか分からない。今までそれが常識だったのだから、その常識を教えろと言われても困る。その常識は、僕が生まれるよりずっと前にあったものだし、その常識の始まりを紐解くのは、かなり気が遠くなる話だ。


「そんなこと言われても……そういうものだったから、としか言いようがないよ」


 僕がそう言うと、残念そうにゴンザレスは肩を落とした。


「気になるなぁ……また夜にでも調べてみるか。そいや、お前はここに何しに来たんだ?」

「動物の本を見に来たんだよ」

「動物? この辺は文学だぞ」

「詳しいなお前……」

「いやいや、ずっとここに住んでて知らない方がおかしい気がするぜ。ま、俺はここに休憩時間はよく来てるからな。勉強の為に」


 ゴンザレスは、自慢げにかけてもいない眼鏡を上げる動作をした。


「勉強?」

「そりゃそうだろ。急に変なとこ来てんだ。その世界のことを知りたいと思うのは普通だろ? 廃人も一瞬で卒業よ。まぁ、色々調べてみた結果、アレだな。俺の世界がファンタジーになって、江戸時代と明治時代の狭間の辺りのまま、現代になったって感じだ」

「あ? 全然分からない」


 ゴンザレスの世界なんて知らない、それに訳の分からない単語を羅列し過ぎだ。


「んー! じゃあ、おとぎ話の世界みたいだって言えば簡単か?」

「おとぎ話? 何言ってるんだか……」


 僕の知るおとぎ話は、魔法のない世界の話がほとんどだ。しかし、それはあくまで僕の国ではの話だ。世界を見れば、いくらでもそんな国は存在する。


(ゴンザレスの世界では、魔法のある世界がおとぎ話なのか? そういえば陸奥大臣と修行をしてた時、そんな感じのこと言ってたっけ?)


「これも理解されねーのかよ! どうすれば伝わるんだか」

「お前の常識をぶつけられても困る」

「異世界怖い……未知数だ。はぁ、じゃあ俺そろそろ例のあの鬼修行だから。あと生物関連だったら二階にあるぞ。じゃあな、やべぇやべぇ、遅れる」


 ゴンザレスは、本を棚に押し込むように入れる。そして、そのまま忙しなく図書館の扉へと向かって行った。

 そして受付のお婆さんは、もう顔を机に伏せて完全に寝ていた。

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