星になる
―中庭 夜中―
僕とゴンザレスは、手を頭の後ろに組んだまま寝転がり、星を眺めていた。真っ暗な空に散りばめられたように広がる星達は、先ほど僕が見た時よりも綺麗であった。
(疲れた……)
ゴンザレスは操られていただけで、故意に関係を持っていた訳ではなかったと、そのことを武者達に伝え謝罪し、色々処理し終わった今僕達はここにいる。
彼らには、本当に申し訳なかった。ただ無駄な時間を過ごさせてしまったという後悔しかない。笑顔で彼らは去って行ったけれど、内心ではどう思っていたのか考えたくもない。
「ごめんな、俺のせいで。よく覚えてねーんだけどさ」
「操られていたんだろう? それなら、全てがお前の責任じゃない。でも、お前の知っていること、覚えていることは教えてもらう」
「分かってるよ……例えば、これって言うのねーの?」
僕が一番気になっているのは、誰に首飾りを貰ったのかと言うことだ。恐らく僕の予想では、おじさんと協力関係にあった人物、つまり朝比奈元大臣でないかと思うが、一応確認しておきたかった。
「あの首飾り……誰に貰った物だ?」
「あのやけに高そうで、如何にも女子って感じのネックレスをくれたのは、ほらあの人……あの~う~えっと、あの人! 興津さんと声似てる人!」
絞り出すような声を出したかと思えば、弾け飛びそうな声でゴンザレスは言った。
「朝比奈元大臣か」
僕は、目線だけゴンザレスへと向ける。
「そうそう! なんか急にくれたんだよね。で、人から物貰うのとかいつ振り!? ってなって超ウルトラスーパーハイパー嬉しかった。てか、あの二人の声、マジ似てるよな~。目を瞑って聞いてたら絶対分かんねーわ。すげぇわ。てか、元って言った?」
「嗚呼、彼女はお前を操っていただけでなく、国の機密までを流し、挙句の果てには十六夜綴とも関係がある国賊だった。大臣に置けるような人物ではないし、もう帰っては来ないだろう。こちらが見つけ出さない限り、姿を出すこともないかもしれないな」
「そんなヤバい奴だったの!?」
ゴンザレスは身を起こし、驚いたような表情で僕を見た。
「ヤバめだな」
「ヤバめって言葉をお前から聞く日が来るとは……相当だな。でも、全然そんな感じなかったのにな~どっちかと言えば、あの興津さんの方がヤバそうな雰囲気あるけど、やっぱ人は中を見ねーと分かんねーってことかぁ」
ドンッと、後ろに勢い良くゴンザレスが倒れる。大の字になって空を見るその横顔は、どこか悲しそうにも見える。
「悪いことしちまったなぁ……ほんと。あいつにも、お前にも」
「あいつって、お前をここに連れて来た……」
「そうそう。俺って餓鬼だよな。マジで。今になって思うと、マジ後悔しかねぇわ。あの時の俺を今からぶん殴りに行きたいわ。クソアンドクソだ」
(僕にも分かる言葉を使って欲しいものだ)
あの時……それはきっと、あの夜の喧嘩のことだろう。信じる信じないだのそんな会話をしていた。
「俺さぁ……これ言い訳って訳じゃねーけど……超絶チキンなんだよね」
「ちきん? どういう意味なの、それ」
「臆病者って意味だ。そんなことを説明させないでくれよ。惨めになってくる。や、もう惨めだけどさ」
「ごめん……」
英語の何かなら僕は理解出来ない。チキンが鳥関係であることは知っているが、まさかチキンがそんな意味を持っているとは知らなかった。
「はぁ……臆病者だから、こんなことになっちまったんだ。情けねぇ。何の為にここに来たんだって話だよ。あんな堂々と守ります! とか言っといてさ。いやー、キモイ通り越して死だね。だから、俺は……」
そう言うと、ゴンザレスは黙った。空を見上げたまま、相変わらず悲しげな表情を浮かべている。
「俺は? 何?」
「なぁんでもねぇよ」
ゴンザレスは、笑いながら僕のいない方へ体を向ける。
「何か言おうとしてただろ」
「そんなに聞きたいかねぇ……俺のことなんて」
「そりゃ気になるだろ。もう一人の自分がもう一つの世界で何してたかなんてさ」
「好奇心旺盛なお方ですこと……仕方ねぇな、じゃあ、ちょっとだけ話してやるよ」
ゴンザレスは、上半身を起こして正面を向く。そして、空を指差した。
「初めてお前にあった時、星の話したろ? 覚えてるよな?」
「嗚呼、強烈だったから忘れる訳ないだろ」
「忘れてたら、初老だ。で、まぁ、その話の延長なんだけど」
「星とお前のことが何で関係あるんだ?」
僕がそう聞くと、ゴンザレスが睨む。
「いーから、黙って聞いてろ」
「分かったよ……」
「俺の世界にはな、星になるって言葉があるんだよ。それは、俺の知ってる限りだと二つくらい意味があってな、一つは皆に憧れられるような存在になるって意味。もう一つは、死ぬって意味だ」
(星になる……たったこれだけの言葉で二つも全く違う意味があるのか……)
「俺はな、皆の憧れの星だったんだぜ。これマジ。うへへ……自分で言うとなんか照れ臭いけど、運動も勉強も何でも出来る不良の天才って言われてた。日本では、だけど。まぁ、そんな俺の人生は、順風満帆そのものだったと思うよ。他の人から見れば」
「お前から見れば、違ったのか?」
「いや、残念ながら俺は天才じゃなかった。昔からずっとずっと誰にも知られないように予習復習、サークルでサッカーやってたからさ、夜中家の庭で練習したりしてさ……それを求められてると思ったし、もし駄目な所見せたら皆の期待を裏切ることになるって思ってたんだよ。それに、不良装ってる俺がそんなことしてるって知られたら、馬鹿にされるんじゃないかって怖かった。でさ……ある日突然、疲れたんだよね。何でこんなことしてるんだろう。何で天才のフリしてるんだろうって。自問自答。もう大学行くのも嫌になってサボった。最初は皆気にかけてくれたけど、段々それもなくなった。当然だよ、だってただの引きこもりだしね。で、遂に父さんキレちゃってさ、もう俺の部屋のドアぶち壊して入って来た。で、ぶち壊して部屋入って来た瞬間、何て言ったと思う?」
「え?」
唐突に話を振られて、困惑した。
「だから、何て言ったと思うかって」
「急にそんなこと言われても……ん~、大学? 行けとか?」
「ぶっぶー! 正解は『宝生家の恥だ! 何もする気がないなら出て行け!』でしたぁ~! もうそれで、何かもう完全に俺の中で色々音を立てて崩れていった。で、それと同時に一つ思い出した。俺は、父さんに認められたくて……その為だけに、必死に頑張ってたんだって。結果的に一度も認められることはなかったけど。はぁ~、散々自分語ったら何か憂鬱になったわ。自分語りって代償が大きいな」
ゴンザレスは、項垂れてため息をついた。
「ま、でも、過去のことだし。これで一区切りついたことにしとくわ」
ゆっくりと、ゴンザレスは立ち上がる。
「ゴンザレス……お前も――」
「ひでぇよな、人一人に与えられた運命はさ」
ちらりと、こちらを向いてゴンザレスは笑った。そして、足を踏み出して夜の闇へと消えていった。