彼女は叫ぶ
―空き部屋 夜―
「私を待て、そう命令されていたからでしょうか?」
彼女の発した声は小さく震え、怒気を含んでいるように思えた。ゴンザレスは、彼女の質問に答える様子はない。
「問いに答えるなと命令されているんですね。そうですか」
(命令? 一体何の為に?)
彼女を待てと、問いに答えるなと命令した所で何になるのだろうか。その命令を下したのが、おじさんだったとして、それに何の意味があるのだろう。
「……ここでお前を葬り去る」
ゴンザレスは、躊躇いなく女性へと手を向けた。
(魔法!? あいつ……本気で? 少し前まで仲間だった女性に? この世界に連れて来た人物を殺せば、もう二度と自分が元いた世界に帰れなくなる可能性だってあるのに? それが命令だから従っているのか……?)
「よせ! ゴンザレス! そんなことをしたら帰れなくなる! それでもいいのか!?」
僕は、可能な限りの大声で必死に叫んだ。
もし、元いた世界に帰れなくなり、ゴンザレスがこの世界にい続けることで何か起こらないとも限らない。現時点で、そのような兆候は感じられないが、いつ起こるとも限らない。
ゴンザレスが来た当初言っていた、僕を救い国を救い世界を救うという言葉。綺麗にその真逆をされたら、中途半端にされたら、迷惑でしかない。
「大丈夫です。巽様。何かに縋って得た力なんて、元々ある物には敵わないんです。それは自分の物では無いですから」
彼女はそう言うと、両手を前に向けた。それにより現れたのは、光壁と呼ばれる物だ。戦いに用いられる基礎魔法の一つである。
鍛えれば鍛えるほど、この壁はより強固な物となる。
「消えろッ!」
ゴンザレスがそう叫ぶと、僕が吹き飛ばされた時と同じように宝石が、この部屋全体を照らすほど異常に光を放った。
それにより、窓がガタガタと大きな音を立てるくらい、風が吹き荒れる。先ほどよりもまた強い風であることが感じられる。それでも僕が目を開けて状況を確認していられるのは、彼女の光壁があるからこそだ。
彼女の体勢は、自身が作り出した壁を押しているような状況だ。そうでもしなければ、吹き飛ばされてしまうような強い風なのだ。
(本当にあんな風を……? いや、でもその風を起こしているのはあの宝石?)
「私はこんな所で死ねないんです。まだどうしても果たせてないことがあるんです。それに、貴方をちゃんと元いた世界に帰さないといけません。絶対に!」
彼女はそう力強く叫ぶと、思いっきり光壁をゴンザレスの方へと押しやった。彼女の手を離れても風に押しやられることなく、ゴンザレスの方へと勢い良く向かって行く。
その光壁に、ゴンザレスは何の抵抗もすることなく当たった。そして、ゴンザレスは扉へと勢い良く衝突する。まるで、先ほどの僕のよう。
「どうしたんですか? 攻撃を避けることは命令されていませんか? もし、自分で決断を下せることが出来ていれば、間違いなくこの攻撃は避けることは出来た筈です」
彼女は挑発するようにそう言うと、ゆっくりとゴンザレスの所へと歩み寄る。
(僕は一体、何を呑気にこの光景を眺めているんだ? 急いで彼女に助太刀を……)
僕は立ち上がろうと両手に体重をかけ、前へと重心を持って行こうとした時だった。
――駄目、この状況を一緒に傍観しようよ。君が向かった所で何になる? 君はあの宝石の力に、あっさりとやられちゃったのに? ねぇ? 君だけの力じゃ残念だけど、どうにもならないよ。彼女の負担を増やすだけの足手纏いさ――
「足手……纏い」
自分から出た声は情けないくらい、小さく震えていた。
(嗚呼、そうだ。僕はずっと昔からそうだった。何の役にも立たない。その場に介入しても何も解決出来ない。悪化させるか、そのままになるか、その二択でしかない。今だってそうじゃないか……あの力に一瞬でやられた僕は一体何の役に立つ? 立つ訳無いじゃないか。邪魔でしか無い。ここで黙って見ていた方がまだ力になれる)
その声はいつだって正しく僕を導く。
僕は再び座り、二人の様子を見る。彼女は、扉にもたれかかるゴンザレスの目線に合わせるようにしゃがみ込んでいた。
そして、ゴンザレスに向かって力強く叫ぶ。
「一緒に帰ろうぜって言ったの覚えていますか! 私は覚えています! 貴方が優しく私に手を差し伸べてくれたことを覚えていますか! 私は覚えています! 私はもう覚悟を決めました! 何もかも貴方を信じると! あの時、貴方の世界にとって訳の分からないことを言う私の言葉を真剣に聞いて、ここまでついて来てくれた貴方を私は信じます! 迷いなんてもうありません! 迷っていてはいけなかったんです! 私の迷いが貴方を傷付けて、隙を生み出してしまった! その隙を埋めるそれを……私が責任を持って破壊します!」
こちらからでは、ゴンザレスの表情は彼女によって隠されて確認する事は出来ない。ただ、彼女に対して何もしていないのは確かだ。
「だからもう一度だけ私を信じてくれませんか! もう一度、私に協力して下さい! 私一人じゃどうにも出来ないことだらけなんです! 貴方がいなければ、貴方じゃなきゃ駄目なんです! それに、貴方をあいつらの人形になんてしたくないんです!」
彼女は、言い聞かせるように叫び続けた。