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1(病気がち)

   パペット・ランナーズ


 川崎は病気がちな女子だった。

 中一の三学期をまるまる欠席、進級して二年生、同じクラスになっても五月になるまで姿を見せなかった。

 空っぽの机は席替えついでに窓際のいっとう後ろに置かれた。

 まるで余りモノだった。

 わたしの席はその前だった。


 朝練が長引いたその日、本鈴と一緒に教室へ滑り込んだ。

 セーラー服に着替える時間もなく、体操着の上にジャージを羽織った。

 担任が出席簿片手にホームルームを始めた。


 何かがいつもと違うように感じた。

 違和感の出所は名を呼ばれたときに分かった。


「吉田あきら」


 フルネームだった。

 返事をすると担任はわたしの姿を一瞥し、後で着替えるよう注意したけれども、三、四時間目が体育なのでそのままでもいいかと、次に進んだ。

 一巡を終えると、最後にひとりの名前を呼んだ。


「川崎亜希子」


 はい、と小さな返事を背中できいて、初めて川崎がいたのを知った。


 担任は川崎が退院し、学校へ来られるようになったことと、無理がないように周りも手を貸すようにと云い、学校からの通達事項を告げた。

 ぼんやりそれをききながら背後の女子のことを思った。

 存在感が希薄だった。


 どんな顔してたっけ?

 髪は?

 背丈は?


 教室に慌てて入り着席した所為もあったろうけれども、ちっとも全然気付かなかった。


 ホームルームが終わって一時間目、英語の準備をしていると、後ろに座る女子が「男の子みたいな名前」小さくぽつりと呟いた。

 川崎の印象はマイナスになった。


 結局、三時間目の体育までジャージで過ごした。

 授業はバレーボールだった。

 数人の見学者は体育館の隅で目立たぬよう雑談に興じていたが、ずっと離れたところにぽつねんと川崎がセーラー服のまま座っていた。

 身じろぎもせず、まるで置物だった。


「危なッ」

 誰かの声が届く前に、頭で直上トスをした。

 眼前に、いくつかの小さな星が散った。

 跳ねたボールをチームメイトがレシーブ、スパイク、ポイントゲット。

 授業が終ってやっと制服になった。


 昼、いつも通り班ごとに机を並べ、給食の準備をした。

 川崎の姿はなかった。

 早退だった。


 希薄で病弱な川崎は、二日来て三日休んだりと一週間続いたことは無かった。

 学校へ来ても保健室へ行ったまま戻ってこなかったりする。

 授業について行けているのか疑問だったが、どの教科でも先生は指したりしなかったから、いないも同然だった。


 そんな有様だから川崎の来ている日はなんとなく居心地悪く、次の席替えをクラスでいっとう心待ちにしていたのは自分だったと思う。

 念願の席替えは中間試験が終わって直ぐに行われた。


 川崎は休みでクジから外され、席の移動はなかった。

 わたしの新しい席はその隣だった。

 クジ運というものの存在を渋々認めた。


 また朝練が長引いた。

 ジャージの袖に腕を通していると、「どうして体操着なの」隣から声をかけられた。

 前を向いたまま答えた。「朝練」

「何部?」

「陸上」

 担任が出欠を取り始めた。

 川崎は二日続けて登校した。「今日も朝練?」

「雨だよ」

 呆れと苛立ちで横を向くと、川崎は不思議そうな顔をしていた。


 正面から川崎を見たのは初めてだったと思う。

 左右に小さなお下げを作り、薄い眉と少し眠たげな目元の他は取り立てて特徴のある顔でなかった。


 登校中、行儀の悪い車に水を引っかけられた。

 濡れた制服は保健室に持ち込んで乾燥機の利用を頼んだ。

「二時間目の後に取りにおいで」他にも水をかぶった生徒がいたようで、保健の先生は手作りの引換券を渡してくれた。

 部活バックの中に入れたままだったスポーツタオルで髪を拭いた。

 少しすっぱかったけれども大したことじゃないったらない。


 いちばん後ろの席と云う地の利を活かしてひそひそと今朝方の不幸で不愉快な出来事を話すと、くすりと川崎は笑った。

 嫌味のない、なかなか気持ちのいい笑顔で、つられてわたしも笑っていた。

 くさっていた気分はそれですっかり霧散した。


 川崎はホームルームのたびに小声で話しかけてきた。

 話の中身は他愛もなかった。

 昨夜のテレビ映画だとか、シャーペンの芯の無心だとか。

 わたしは正面を向いたまま唇を最小限に動かしそれに応えた。


 川崎は相変わらずぽつぽつ登校したり早退したりを繰り返していた。

 だから朝、隣の席が空っぽでも気にしなかった。


 また着替えそこなって体操着のままホームルームに出た。

 川崎の名前は飛ばされた。

 出欠を取り終えた担任は、川崎は入院のため暫く休むと云った。

 最後に担任はわたしを呼び、放課後、職員室に来るよう告げた。

 何をしたか思い当たらず、同じくらいに思い当たることばかりで、一日授業に身が入らなかった。

 もっとも右手首に巻かれた包帯のせいでノートなんてまともにとれやしなかったが。


 放課後。職員室。担任は一枚のメモを手渡した。

「ホームルームでしょっちゅうお前たちが喋っているの分かってたぞ」

 病院までの地図と部屋番号だった。「よかったら顔、出してやってくれ」

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