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一瞬の別離

ここは草原。南北の街道と東西の街道の交差点。

天高い太陽の輝き。春のにおいの風。

地平線まで広がる緑の絨毯。

1年前と何も変わらない景色。

今日この時間にまた3人で会おうと誓った場所。

誰一人欠けることなく、また3人が集まれたことが私は非常に嬉しかった。

変わったのは私の前に立つ2人の人間の男女の外見。

少し齢を重ねたようだ。それに比べ私エルフの外見は何も変わらない。

ほんの少し、寂しい。30年後か40年後には、また、私だけが取り残される事になるのだろう。

いつも通り、今と変わらぬ姿で。



剣戟の音が森の中にこだましている。

剣戟の音の中に混じる動物の悲鳴。明らかに人とは違っている。

しかし、その動物の悲鳴が言葉になっており、私には内容を痛いほど理解できた。

死にたくない、痛い。

13匹目の動物の悲鳴を最後に森の静けさが戻った。

「ウォン、13匹すべて倒したの?」

私は、傍らに立っているぼくとつな青年に語り掛けた。

彼の名は、ウォン。年齢は、確か20代前半。プレートアーマーに身を包んだ腰には大振りな剣を差している。彼が、プレートアーマーを脱げば、鍛え上げられた無駄のない筋肉が長身の彼の肉体に誇示されるだろう。

無造作に髪を後ろに流している。彼が言うにはこの髪型は、尊敬する人を真似たとの事だが、真似る程、素晴らしい髪型とはお世辞にも言えない。

もっとも、髪型をビッシと決めたウォンなど私は見たくないが・・・。

「当たり前だ。ゴブリン程度なら俺達の力なら一掃するのも朝飯前だ。」

ウォンの反応は、私の予想通りだった。いつも通りのウォンの反応は、私の予想範囲を超えない。

戦闘になると彼は、異様に興奮し、思考回路がワンパターンとなる。


「ミューレは、少し疲れが出ている様ですね。回復魔法をかけます。」

麗しき女性が、私に声をかけた。

『体力回復』

彼女は、優秀な僧侶である。ウォンと同じく年齢は20代後半。だが、神の厚い加護を十代の時に受けている。彼女は、百年に一度の逸材と教会内部では噂されている。さらに優れた才能と同時に人から慕われる人望・美貌が備わっている。

天は二物も三物も与える。そう世界は不平等なのだ

もっとも私たちパーティー内では、その人望・美貌も役には立っていないようだが。

私たち冒険家は、能力が全てである。冒険は命懸けであり、些細なミスがパーティー全滅という最悪の事態を引き起こす可能性がある。パーティーを構成している私を含めた3人は、戦士・僧侶・魔法剣士のプロフェッショナルである。

皆、自分の能力を把握し、確実に己の力をどのような場面でも確実に引き出すことができる。


カタラの回復魔法により私の思考もすっきりとしてくる。

カタラが私の体の調子を回復魔法、神の加護による力で癒している。

私 ミューレはエルフ族である。ウォンとカタラは人間であるが、私は人間ではない。

エルフ族は、人間より寿命がかなり長く約800年生きる。そして既に私は200有余年を生きている。と言っても見た目は、10代後半である。

また、外見が人間よりも男女共に麗しいが、耳の形状が尖っており一目でエルフ族であることが分かってしまう。特に私は麗しさに関してエルフ族の中でも秀でている。


唯でさえ、エルフ族は長命と美貌が備わっているところに魔法と剣術の両方に長けているため、人間達からいわれのない迫害を受け続けてきた。その為、エルフ族は人里離れた土地にひっそりと住み、外部との交流はしなかった。

この私も例外ではなく、人間界に紛れ込み始めた頃はいわれのない迫害を受けた。

そして、程なくエルフであることを隠すため、髪を腰まで伸ばしエルフの象徴である耳を隠した。

だが、この美貌の為、吸い付いてくるような災難からそれだけでは逃れることはできなかった。


そして、私は仮面を被り素顔を隠してしまった。今では仮面を被った胡散臭い人間と見られることはあるが、近づいてくる災難に比べれば気にもならないものだ。

と言っても仮面を被って既に50年が経過しており、現在では力をつけた私に迫害する人間には、圧倒的な力でねじ伏せ、後悔させている。


この仮面は、鼻より上にしかないため、お風呂と睡眠時以外は外さない。もしかするとウォンもカタラも私の素顔を一度も見ていないのかもしれない。

私は、二人に自分がエルフ族であることを伝えたことがない。

しかし、二人の様な実力のある冒険者であればすぐにエルフ族だとわかるはずだ。それでも彼らは、私がエルフであることに対して何の差別も迫害もせず人間として扱っていてくれる。

そんな単純なことが私にとってこの二人を心から信頼する理由になっている。


私達は、当ての無い旅を続けている。冒険者を生業とする者は、功名心や正義感などから冒険を続けている者達が多いと言われている。だが、私達には正義や名を上げることには興味はなかった。

純粋に冒険が好きなのである。


どこかの村で怪物に襲われ困っていたりすれば、他の冒険者達は村人の事を考え救おうとし、または自分の達の名を上げ勇者になろうとし、その村を救おうとする。

だが、私達は冒険を求めその村に赴く。そして自分達の冒険心を満足させる為に怪物を滅ぼすのである。結果的には村をそして村人を救うことになるのだが、村に対し怪物退治の代価を求めるため、私達の名前は世界に広まることはない。


私は、それを不満に思ったことはない。村人達は、怪物を退治すれば報酬を支払うと必ず約束したのである。そしてその報酬を受け取る。そのやり取りの中には、村人の足元を見たり、脅迫まがいのことは一切無い。正当な労働に対する報酬である。

だが、村人達は退治した後に報酬を受け取る私達を見て勇者ではなく、まるで商人の様であると捉えていた。それは、ある意味正しかった。

私達もお金が無ければ生きてはいけない。ゆえに正当な報酬を必要としているのだ。

この事に関し、私は一切恥じてはいない。

こんな私達であるから、村人達は勇者や聖者だと言い出す者はなく、私達の名は世界に広がらなかった。

逆に支払いを済ますと村から早々に追い出されたものだ。


幾度と無く、世界の根底を覆すような事件を解決していても私達の存在が世界に知られることはなかった。

たとえば、巨大赤龍の暴走事件。

アンデッドマジックユーザーの陰謀。

どれもたまたま目についた廃城や洞窟を探検して暴走や悪事を止めた。

別に情報が入ってきたとか、依頼されたわけじゃない。


勝手に中へ入り込んでいったら、悪巧みに出会ってしまった。

別に止めるつもりは無かったのだが、相手が逆上し話し合う時間もないまま戦闘に突入してしまう。

で、返り討ちにして調べてみると世界征服だとか近隣の国王の暗殺計画だの書類が出てくる。

私たちは、誰が世界を支配しようが暗殺されようが知ったことではない。

降りかかる火の粉を払っただけだ。

まぁ、相手にしてみれば長年準備してきたことを寄り道の冒険者に計画を踏みつぶされるのはたまったものではないだろう。

こちらに迷惑がかからないのであれば、私たちは帰らせてさせて頂くのに、困ったものだ。


また、有名になりたい、知名度がない等で悔しい、悲しい、知って欲しいなどの勇者願望をもったことがいないし、気にもしていなかった。

私達は心の奥底から冒険を愛しているのである。


ある一つの冒険が終わった時、カタラが突然言い出した事が発端だった。

「私達は、無意味な殺戮や略奪を繰り返しているのではないでしょうか。」

そんな一言が私達パーティーの一時解散の始まりだった。


確かに私達は、モンスターと見れば殺戮し、宝物を所持していれば我先にと奪い合いをしていた。

また、迷宮や遺跡があると聞けば、その場所に赴き邪魔者はモンスター・人間を問わず殺し、宝物を奪っていた。

私達の中ではそれが当たり前の日常と化していたが、神に仕える僧侶であるカタラには絶えがたきものがあったのかもしれない。しかし、カタラを含む皆がこの殺戮と略奪に嬉々として飛び込んでいった事は確かではあったが。


殺戮と略奪。

殺戮は人を狂わすほどの魅力がある。剣で肉と骨を切り裂く時のえも云われぬ感触。剣が皮膚に触れ弾き返そうとする弾力を感じ、さらに力を込めると肉へ抵抗もなく滑り込み、骨に当たった時に初めて剣へ反動が来る。そして、一気に剣を引き抜く。引き抜いた剣にまるで糸が括り付けられているかの様に赤い赤い血が糸を引き、続いて切られた血管から命の爆発の様な噴流となった血が噴き出す。

その感触・光景が私にとって、いや全ての人の戦闘本能を満足させる。

「私は生きている。」

そう感じさせる。


その戦闘本能を満足させる為、略奪へと駆り出させる。

もっと良い剣を、もっと良い鎧を、もっと良い道具を。

全て戦闘時に己の戦いを有利なものへと導くためである。

戦闘には生か死しかない。生は次の戦闘へと導き己の戦闘本能を満足させる。死は私には正直わからない。まだ経験したことがないからだ。あえて言うならば、死は次の世界への旅立ち。もしくは目覚めではないかと思う。


もしかしたら、今私が現実であると思っている世界は夢なのかもしれない。ただ眠っており夢から覚めて本当の現実が始まるのかもしれない。ただただ、長い夢を見ているだけではないのかと、戦闘に身を預ける様になってからつくづく考えてしまう。

そんな考えが私の中に目覚めてから、殺すことへの躊躇いがなくなっていった。


夢の中での殺人は、殺人ではない。

夢の中での略奪は、略奪ではない。

全ては、夢なのだ。

この様な考え方が、意識を占めつつある。もしかすると人では無くなってきているのかもしれない。

考え方は違うのかもしれないが、ウォンも私も殺人への躊躇いがなくなっている。

この事実にカタラは、耐え切れなくなったのだろうか。神へ祈りをささげる時間が日に日に長くなってきている。


3人が力を合わせ幾度も困難を乗り越えてきた。それが過剰な殺戮へと繋がる増長になったのではないだろうか。私達が世界最強であると。

本当に私達は世界最強なのだろうか。事実は私達3人で一人前ではないのだろうか。


パーティーの連携がうまく取れているため、戦いに勝ち続けてきたのだろうか。

カタラの言葉が私の胸の中に波紋を起す。

程なく波紋は私の中で津波となってしまった。


「パーティーを一時解散しましょう」

カタラとウォンへ告げる。

「おいおい、突然何を言い出すんだ。ミューレ」

「ミューレ、思いつきでその様なことを簡単に言わないで下さい」

二人から柔らかい否定の言葉。

「思いつきではないわ。ふと今迄の事を思い返したの。このままパーティーを組み続ければ、多分、いえ絶対に私達は人でなくなるわ」

「何を言ってる。俺達は人以外の何者でもない。一体何に変わるというんだ」

「怪物よ。私達が倒し続けたモンスターと同じになってしまうわ」

「俺達が一緒に旅をするだけで怪物になるとは、想像もつかないな。考えすぎと違うのか」

「外見は今まで通りかもしれないわ。でも、心がすでに歪みつつあるわ。私も、ウォンも」

「俺の心が歪んでいるだと。何の根拠があってそう考える?」

「ウォン。モンスターと戦っている時のあなたの顔、とても楽しそうですよ」

今迄沈黙していたカタラがそっと述べる。

「まさか。俺が生き物を嬉々として殺しているというのか」

「止めを刺す時ににやけていることに気づいてなかった?」

ウォンは自分の顔に手を当て、過去を振り返っているようだ。


カタラは目をつむり、天を仰いでいる。神の声を聞こうとしているかのように。

「ふむ、カタラの言うとおり殺しに喜びを感じているかもしれん。危ない傾向だな」

長い思考から解き放たれたウォンが呟く。

「解散か…」

「解散…。他に方法はありませんか」

「私には、他の方法は思いつかないわ。自重なんてこの3人が一緒にいる限り意味が無いわ。どうせまたすぐ元に戻るだけよ。解散なら個人の力量を見直す事が出来るわ。たった1人では自分はここまで無力なのかと。もしくは、1人でも強かったかと逆効果になる恐れもあるけど」

「なるほど。それもまた一興。己を見直す旅。己を見つめ直す時間。己を鍛え直す修行。いいじゃないか。パーティー解散、俺は賛成だ」

「そうですか。ウォンはいつも単純でうらやましいです。では私も賛成しましょう。でもミューレ、あなたは一時解散といいましたね。再合流はするつもりですね」

「ええ、もちろん。だって、私二人の事とても好きよ。」

こんな言葉、初めて口に出す。

私の一言でカタラに笑みがこぼれる。そしてウォンは頭を掻いている。

ウォンが頭を掻きつつ聞く。

「いつ解散するんだ。次の町か?」

「いいえ、たった今よ」

「おいおい、急だな。そんなに急がなくてもいいじゃないか」

「そうですわミューレ。次の町で解散した方が安全ですわ」

「安全だから、解散の意味がないっていうのは返事になるのかしら」

「なるほど、確実に次の町まで殺戮を繰り返してしまうということですわね。それを止める為にも今すぐにと…」

「そうしたら、1年後にこの時間この場所に集合だ。皆が元気に会えることを信じてだ」

ウォンが照れくさそうに言う。

「わかりました。1年後にお会いしましょう」

「ええ、いいわ。1年後に」

そして、カタラは振り返りもせず南へと向かった。あまりにもあっけない別れだった。

確か南は教会の本部があったはずね。カタラらしいわ。


「ウォンは、どっちに行くの?」

「う~ん、特に目的もないしな。そうだ」

ウォンは剣を地面に立てると手を離した。

ゆっくり剣が西へ倒れる。

「そうだな。とりあえず西に行ってみるか」

「ふふっ。ウォンらしいわ。では、私は北へ。故郷に一度戻るわ。気をつけてね」

「ああ、ミューレこそ気をつけてな」

ウォンが私をじっと見つめる。

私もじっと見つめ返す。

ウォンは何かを考えているようだ。一体私に何を言おうとしているのだろうか。

暫しの時が流れる。2人は動かない。見つめ合う。


おもむろにウォンが口を開ける。

「ミューレ。お前の素顔が見たい」

真剣な口調で私に告げる。

「見てどうするの」

「数年間も一緒に旅をしてきた仲間の顔を知らないのも変な感じがしてな」

「他に理由はあるの」

「いや、好奇心だけ」

「なら、答えはNoよ」

「そうか。なら、どうすれば見せてくれる?」

「別に見せる程の物じゃないわ。」

「しかしな、1年間会わないとなると、気になってしまって仕方ないんだ。減るものじゃないし見せてくれ。それとも、顔に傷でもあるのか。それなら諦めるが…」

「傷なんて無いわ。エルフの女の顔があるだけよ」

「なら、力ずくでいこうか」

「何の為にパーティーを解散するの。そんな考えを捨てる為よ」

「分かってるさ。これが無茶の仕納めさ」

「なら、今すぐその考えを…」

私は最後まで言葉を口に出せなかった。

ウォンの剣が私の仮面に向かって振り下ろされる。

予備動作を全く感じさせない不意打ち。ウォンの戦士としての実力の高さを改めて思い知らされる。

私は半歩下がり、剣筋から逃げる。

髪の毛が数本、目の前を散っていく。

「ふむ、仮面だけを狙ったがかわされたか」

すでにウォンは次手の構えを取っている。

「酷いわ。髪は女の命なのよ」

私の中のスイッチが戦闘へと切り替わる。

ウォンが素早い突きを繰り出す。私の顔の左をすり抜ける。

何が仮面だけをねらっているよ。よけなければ即死だわ。

などと考えながらも身体はウォンの心臓へと私の剣が向かう。

だが、高い金属音とともに盾に弾かれる。

そして盾が私の顔に勢い良くそのまま近づく。

攻防一体の技、シールドアタック。

私にウォンの力を受け止める事は出来ない。素早く体をひねる。

ウォンの体が盾ごと私が立っていた場所を猛進する。

この隙に私は距離をとった。敵が二流の戦士であれば剣技で遅れをとらないが、ウォンは超がつく一流。自分の間合いを確保することが先決。そして私の戦い方に引き込む。そうでなければ、私が負ける事になる。

ウォンは振り返り、剣を構えようとする。しかし、すでに私の戦い方が整っていた。

ウォンは攻撃に躊躇する。

それもそのはず、私は魔法を発動させていた。

『分身現出』

分身を4体出現させていたのだ。ウォンには本物が識別できない。もし、本体が攻撃を受けても分身がダメージを吸収して消滅するだけ。私には何の被害も及ばない。

私の得意技であることはウォンも十二分に承知している。

ウォンが手近な分身を切りつける。分身は避けようとするがウォンの技量から逃れる事は出来なかった。頭頂部からまっすぐに股間まで断ち割られる。そして分身は霧散した。

この魔法のお陰で私が怪我をしないことを逆手にとり、力の加減がなくなった。

ウォンの剣速が上がっている。

手加減無用ですか。


分身の残り3体。

だが、私もただ見ているだけではなかった。

私の周りに白く光り輝く円錐体が7本浮かんでいる。

『魔力光弾』

術者の意思に従って目標に必中する光弾。避ける術は無い。ただ衝撃に耐えるのみ。

7本全てがウォンの体に吸い込まれる。

着弾時の爆発でウォンの体が揺れる。光の魔力は鎧や盾を突き抜ける。防ぐことは出来ない。ダメージを受けているはずだが、ただそれだけだった。

ウォンの鍛えられた筋肉は、伊達ではなかった。

何事もなかったかのように構えている。

こちらも手加減無しだが効果もなし。


衝撃の影響下にあるにもかかわらず、ウォンの剣は分身を袈裟切りにする。分身が霧散する。

また、一体分身が消える。


相変わらずウォンの技量と耐久力には驚かされる。

『魔力光弾』

私の魔法がまたもウォンに放たれる。

7本の光弾が全てウォンの体に吸い込まれる。

だが、結果は同じ。ダメージは確実に蓄積されているのだがウォンの闘争本能を煽っているだけだ。

ウォンの剣が水平に薙がれる。分身2体を同時に切り裂いた。本体である私だけが残った。


「ようし、後が無いぜ」

ウォンが剣を構え直す。ゆっくり間合いを詰めてくる。そして一気に振り下ろす。

「そうでもないのよ」

『空間移動』

剣が何も無い空間を通過する。

私の姿が一瞬で消え去った。

瞬間移動の魔法だ。欠点は、最大移動距離が50メートル程で自分の知っているところで無ければならない。だが、意外にも戦闘の役に立つものだ。

私が飛んだ先は、ほんの80センチ。ウォンの背後。そっとナイフをウォンの首に回す。

「チェックメイト」

ウォンの体がこわばるのが分かる。この魔法は幾度か見せたことがあったことが、戦闘中に使用したのは初めてだ。意表を完全についた。


「わかった。俺の負けだ。素顔は諦めるよ」

ウォンが呟く。

そっとウォンから体を離す。

ウォンは体をほぐす様な動作をし、剣を鞘に収めた。

「今回は頭の差で私の勝ちね」

「そのようだな。最初の不意打ちを外したのが失敗だ。もう1年後にしか会えないんだろうな」

ウォンは悲しげに呟く。

「言ったはずよ。私は2人が好きだって。1年後に会いましょう」

「そうか」

ウォンは呟く。少し安心したようだ。

私たち3人が欠けることなど全く想定していないのだろう。


「敢闘賞」

そういって私は仮面を外した。

ウォンは私の顔を凝視する。

自分の顔が熱くなっていくのを感じる。どんどん赤面していく。恥ずかしい。

そんな感情は久し振りだ。他人に素顔を見られるのは50年ぶりなのね。


「そうですか。ミューレの素顔を初めてみました。かわいい幼い顔なのですね」

予測もしていなかった方向から声が飛ぶ。

顔を向けるとそこにはカタラが立っていた。

カタラにまで素顔を見られてしまった。不覚。ウォンとの戦いに集中しすぎた。周りの気配まで読んでいなかった。

「2人の事ですから、このまま分かれる筈がないと思っていましたが、この展開は読めませんでした」

「誰か隠れているなと思ったらカタラか!お前旅立ったんじゃないのか」

ウォンが叫ぶ。

「後ろから戦闘音が聞こえれば戻ってくるに決まっています」

「それはそうだな」

2人の会話は続いている。

しかし私は恥ずかしさのあまり耳に届かない。

そして私は

「1年後に合いましょう」

と言ってそそくさと北へ駆け出した。

予想外の展開に私は恥ずかしくなり、この場から逃げ出したくなった。いや、逃げ出した。

2人の視界から外れるまで駆け続けた。

魔法を使えばもっと早くこの場所を離れることができたのに気が動転していた。

それが2人との別れになった。



1年後、約束の場所に来た。

2人が待っていてくれた。

私の外見は全く変わっていないが、2人は幾分か大人びていた。どうして人間はこんなに早く生き急ぐ種族なんだろう。

「久し振りだな、ミューレ。まだ仮面をしてるのか」

「お久し振りです。ミューレは全くお変わりがないようで少しうらやましく感じます」

パーティーが再結成された。

まるで昨日の晩に寝て、翌朝に顔を合わせたかのように感じる。やはり、居心地がいい。私にとっては一瞬だった1年。2人には長かったのだろうか?


パーティーを組んだのだ。じっくり話を聞いていこう。焦る必要はない。

そして、旅がまた始まる。次はどんな冒険が待っているのだろうか。


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