原点の迷宮
傷もなく迷宮攻略を果たした冒険者は宝箱を開けて去って行った。
「なんなの、もう!!」
ひらりと宝箱の前に立ち、足の裏で蹴飛ばした。
音を立てて倒れた宝箱の底に【始まりの箱】と書かれている。始めての迷宮作りに心をときめかせていた頃を思い出して懐かしくも恨めしい複雑な顔をしていた。
「まあ、落ち着けよ。」
「そうです、カイナギが悪いわけではありませんよ。初心者の為に作った迷宮なのでしょう? それならば攻略されて当たり前です。」
小鬼とスライムがカイナギと呼ばれた人間を諌めた。小鬼は十歳くらいの背丈、額に二本の小さな角が生えてる以外は人間と変わらない。スライムは枕ほどの大きさで、緑色の透き通った体内には赤い球体が浮かんでいる。
「それはそうだけど少しは儲けないと拡張も出来ないし、宝箱の中身だってロハ(無料)じゃないんだよ?」
迷宮に点在している宝箱は定期的に補給しなければならない。冒険者を釣る餌であるし良い物が出れば噂が広まり、危険を顧みず踏み込んできた冒険者を食い物にできる。
迷宮内に冒険者が居るだけでもいいが、魔力を使ったり傷つき血を流すと迷宮の糧になり、死体と魂を回収できれば更に糧を得られる。
糧は迷宮石に集められて、様々なものに変換することで迷宮を育てる。
「作った当初はちみちみと増えてたのに。小遣い稼ぎに初心者じゃない冒険者が攻略してて宝と魔物の維持費で微量しか糧が増えない。」
「簡単な足留め程度の罠だしな。」
「魔物はスライムとコウモリが道を阻み、ボスにゾンビを置いているのですよね?」
「うん、そろそろ復活するんじゃない?」
土の地面に円形の影が現れると黒い煙が漏れ出しゾンビになった。
部屋を見回したゾンビは宝箱を元に戻して冒険者が開けたままの扉を閉める。することがなくなると壁の角にもたれ掛かり座り込んだ。
迷宮主であるカイナギは勿論襲われないが、主が同じなら命令しない限り、魔物が魔物を襲うことはない。条件が揃うと起こることもある。
「一応考えてあるんだな。」
「ゾンビのこと? よく使われる手だからね。不意打ちに対する意識付けだよ、怪我程度で済むように動きも鈍くしてあるし、余程じゃなきゃ死なないと思う。」
カイナギが、つんつんと頰を突くがゾンビは動かない。
「何故私たちはこの迷宮へ?」
「それは俺も聞きたい。」
カイナギは問いの答えを考える素振りで歩き、宝箱を椅子代わりにして座る。
「私たちは旅をしてきたよね。いろんな場所に行っているうちに、思っちゃったんだ。」
「何をです?」
不思議そうにカイナギの言葉を促す。
「タマさん、コウマ。私は商人になる!!」
「え?」
「は?」
にやりと笑うカイナギは天井を指差す。
「侵入者が来たみたい、上で話そう。」
人間、小鬼、スライムは姿を消した。
部屋にはゾンビが一体、座り込んでいるだけ。