8.「お前がやったんじゃないの!?」
今回の話には動物への虐待……に近いシーンが出てきます。
あまり気持ちのいい話ではありません。そう言う描写が苦手な方、或いは兎が好きな方はあまり読まない方がいいかもしれません。
俺が小学四年生の時の話だ。
俺の学校では兎を飼っていた。四個上の学年が飼っていて、その人たちが卒業する前に俺たちの学年が兎の飼育係を引き継いだ。その兎はメスで、名前はチャコと言った。毛が茶色かったからそういう名前になったらしい。
俺は動物が元々嫌いじゃなかったし、何より動物を飼うということ自体が新鮮で、三年の初めの頃は毎日のように様子を見に行っていた。世話は当番制で、一週間交代で班ごと行っていた。初めは皆汚いと言って掃除を嫌がっていたが、直に慣れたようで文句を言うことなく行っていた。
チャコはとにかく可愛かった。飽き性な俺も、チャコへの興味が薄れることは無かった。
チャコの様子が少しずつ変わっていることに気づいたのは、四年生の夏頃だった。チャコを飼い始めるにあたって兎について調べ学習をしたのだが、兎の寿命は五年から七年ほどらしい。それを考えると、チャコの寿命はそう長くないのかもしれなかった。その頃には、流石に毎日チャコの様子を見に行くようなことはしていなかったが、チャコの寿命がそう長くは無いのかもしれないと思ったら、行ける時に見に行かなければいけない気がした。だから、なるべく様子を見に行くようにした。
その頃の俺には、友達がいた。休み時間や放課後に五人くらいで集まって、よく遊んでいた。
その問題を起こしてしまった日の前日も、遊びの延長のつもりだった。
誘ってきたのは友達だった。「チャコ見に行こう?」と。俺はそれに頷いた。
チャコの小屋の鍵は誰でも開けられるようになっていた。俺たちは小屋の鍵を外して、チャコを小屋から出した。
俺がチャコを撫でていると、友達の一人が石を投げ始めた。それも、こちらに向かって。
「うわっ、何すんだよ!」
「いいんだよ、当てないから」
確かに、その友達が投げた石はチャコの手前で落ちた。チャコが怯えるのではとも思ったが、俺もその遊びに便乗した。当てないようにする、という新しいスリルに魅かれた。当てなければいい。そう思ったから。
結局、俺たちは一度もチャコに石を当てていない。滅茶苦茶なところに石を落し、皆で笑っていただけだった。
「ねえ、そろそろ帰ろうよ」
結局はそれだけの遊びなので、ちょっと遊んですぐに飽きた。
「俺、もう少し残るわ」
俺は一人残り、他の友達は先に帰った。俺はその後チャコに餌をやり、小屋の鍵を閉めたことを確認してから帰った。
翌日、学校へ行くと、教室の中が騒がしかった。
「どうしたの?」
適当に近くにいた男子に声を掛けてみた。そしたら、
「なんか、チャコが―――――」
―――――――死んだらしいよ。
見てみると、何人かの女子が泣いていた。男子は、涙を流してはいないがそわそわしていて落ち着きがない。
「死んだって、何で?」
「知らない。真美ちゃんが言うには、耳が無くなってたって」
チャコが死んだと聞いて、もしかしたら俺のせいで死んだのではと思った。俺たちが石を投げたりしたから、ストレスが溜まって死んでしまったのではないか、と。しかし、耳が無いとはどういうことなのか。俺はその意味を理解することはできなかった。
耳が無いって? そんなことあるわけがないじゃあないか。チャコにはちゃんとした二つの耳がある。俺が帰るときもそうだった。
「おい、裕也!」
と、昨日の放課後遊んだ友達の中の一人が叫んだ。
「お前がやったんじゃないの!?」
「えっ……」
やったって、何を?
チャコが死んでしまったのはストレスのせいで、それなら昨日遊んでいた全員が悪いんじゃないのか。
「お前、昨日最後まで残ってたじゃん。俺たちが帰った後、チャコを殺したんだろ!」
そんなことするわけない。
ただ、そう言えばいいだけの話だった。そもそも、チャコは誰かに殺されたのか? 俺はまだ学校に着いたばかりだからよくわからない。
俺が殺したという証拠があるわけではないだろう。確かにその頃の俺は問題児だったから――先生の言うことは聞かなかったし、窓ガラスを割ったりもした――疑われても仕方がないかもしれない。しかし、だからと言って真っ先に俺を疑うのは、友達としてあるまじき行為だ。
「……」
ただ、この場で言いたいのは、その友達が最低な人間であるということではないのだ。最も重要なのは、俺が、それは違うと言えなかったということ。
「……もし、そうだとしたら?」
――俺たちが帰った後、チャコを殺したんだろ!
どうかしていた、と思う。俺は、殺したという言葉の響きに魅かれてしまったのだった。俺がチャコを殺した。俺がチャコを。チャコを、殺した。
皆の怯えた目が、俺を見る。見返すと、皆は慌てて視線を逸らした。
(ああ、なんて気分がいいんだろう)
俺はその時狂っていたのだと思う。チャコの死を悲しむより先に、皆が俺を恐れているという事実に興奮していた。
「は、はは……」
口から声が漏れた。
「ははは、あははははは!!」
その声を止めることができなかった。笑い声が、どんどんと口から溢れ出ていった。不思議と涙は流れなかった。そのうち声は枯れ、気づけば胸が痛かった。
当時俺たちのクラスの担任だった小峠先生が教室に入ってきた。第一発見者だった真美ちゃんが相当なショックを受けてしまっていたので、保健室まで連れて行っていたらしい。
先生はさぞかし驚いただろう。教室には、立ち尽くしている俺と、恐怖に震える他の児童たちが待っていたのだから。
「ど、どうしたんだお前ら?」
動揺する先生に、ある児童が声を絞り出して訴えた。
「……先生、裕也君です」
チャコを殺したのは、裕也君です。
その言葉に背筋が凍った。今まで体験したことの無い感覚が、俺には堪らなく良く思えた。
いよいよ茅野君の過去編です。思ったより長くなりそうだったので、取りあえず一回上げてみました。何か……恋愛ジャンルで書いていたはずが、かなり狂気的なものになってしまいましたね、すみません。次回も茅野君の過去についての話となります。