7.「噂の真相」
八月某日、土曜日。夏休みが始まって数日が経った。
今日はひまわり祭当日である。
今日のこの日を、親子ともどもどれほど楽しみにしていたか。
母は、俺に友達ができたことがよほど嬉しかったようで、今日は朝から「何を着ていくか」だの「何時に家を出るのか」だの「帰宅時間はいつになるのか」だのと、さんざん確認してきた。そんな母を見ていると、これはこれで親孝行になるのだろうか、などと考えてしまう。
俺は俺で、昨日あたりからずっとそわそわしていた。こんなにひまわり祭を楽しみにしていたのはいつ振りだろう。
今日の予定は、午後一時に光太郎の家へ集合。祭りは二時半から始まるが、四時か五時くらいまでは光太郎の家で遊び、それから会場へ向かうという予定だ。母の相手をしたり準備をしたりしているうちに、あっという間に家を出る時間になった。
「それじゃあ、行ってくるから」
「ちょっと待って」
出掛け、母が二千円をくれた。
「しっかり遊んどいで」
なんだろう。これから祭りに行くというだけなのに、無駄に感動してしまった。不覚にも母の言葉に涙を堪えつつ、俺は家を出た。
☆
四十分かけて光太郎の家を目指す。日差しが強く、途中走ったこともあり、光太郎の家に着いた頃には体に汗が伝っていた。
インターホンを鳴らすと光太郎が出てきた。奥から賑やかな声が聞こえてくることから、どうやら他の皆は来ているらしい。
「よっ……って、汗ヤバいな、大丈夫か? とにかくあがれよ」
家に入り、ようやく強い日差しから逃れられた。屋根が付いているというだけで涼しく感じる。額の汗をぬぐうと、べったりしていて気持ち悪かった。
「顔、洗って来るか? そこの水道使っていいぜ」
「ああ、そうする。悪いな」
顔を洗って奥の部屋へ行くと、翔也君と圭祐君がいた。俺が最後ではなかったようだ。
「うわ、茅野すごい汗! 襟元濡れてんじゃん」
圭祐君の第一声はそれだった。翔也君も隣で目を丸くしていた。そんなに酷いだろうか?
「だ、大丈夫かよ……?」
「ああ、これ、汗じゃないんだ。さっきそこで顔洗わせてもらったから、多分そん時に濡れた」
そう言うと、翔也君は心配そうに
「でも、顔洗うほど汗かいてたってことじゃん?」
と声を掛けてくれたが、圭祐君はそりゃすげえや、と声を上げて笑っていた。
暫くして再度インターホンが鳴り、谷川昴君が到着した。
「ちーっす……って、え!? 茅野君、汗ヤバッ!」
流石に何度もそのリアクションを取られるとショックを受ける。俺、そんなに酷いだろうか。
「汗じゃないんだってよ。ってか、遅れといて第一声がそれかよ?」
俺が昴君に説明しようとしたところで、圭祐君による突っ込みが入った。
そこからは、まあ何をするわけでもなく、他愛もない話をしたり光太郎の家の漫画を読んだりしながら時間をつぶした。そうして過ごしていると、何だか今日が祭りの日だという感覚がなくなっていき、他人の家に居るという感覚もなくなっていった。まるで平凡な一日を、自分の家で過ごしているみたいだ。光太郎の家に来るのは今日で二度目だが、気が付けば、自分の家に居る時以上に寛いでいた。
「ねね、そう言えばさあ」
と、昴君の声で我に帰る。
「家出るまでまだ時間あるし、茅野君に一個訊いてもいい?」
「ん? いいよ」
何だろうと思いつつ、なんとなく予想はついていた。しかし、此処でその話題が出て来るとは思い難い。
「噂の真相。すげえ気になってたんだよねえ」
やっぱりか。
他の三人の動きが止まった。圭祐君が小さな声で「おい」と言う。翔也君も顔を歪めていた。光太郎は……どうだろう、いたって普通の様子だ。ただ、黙って俺の様子を窺っている。
「噂ってさ、ウサギの奴だよな」
「あ、そうそう。ぶっちゃけ、あれって本当の話なの?」
昴君は飄々と訊いてくる。
正直、祭りの前に話したいような話ではない。昴君は気にしていないようだが、圭祐君や翔也君の様子を見る限り、その二人もあまり聞きたい話ではないのだろう。
「えーっと、マジで話していいの?」
皆の様子を窺ってみる。
「茅野がいいってんなら、俺はいいけど」
「俺も大丈夫……だと思う」
「ま、言っても昔の話だしな」
ここまで来たら、やっぱり嫌だなんてことは言えない。というか、言うタイミングをわざわざ与えてもらったのだ。早めに知ってもらった方が、俺としても楽になるだろう。
大丈夫。俺は一度、独りでいることに慣れている。この話がきっかけで四人が離れて行っても、平気でいられるはずだ。
俺はとても落ち着いていた。
そして語り出した。五年前のあの日のことを。
ちょっと大げさな終わらせ方をしてみました。
久しぶりなくせに、あまり進んでいませんね。今回は少し短めでした。
次回、ようやく茅野君の過去編です。ようやくというか、もう明かされてしまうのか!? って感じですが。