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6.「晴れて明日から夏休み突入でーす!」

「晴れて明日から夏休み突入でーす!」

「知ってるよ」

 誰に向かって言っているのかわからないが、唐突に樋田が声を上げた。声の調子が明るいことから、かなり浮かれていることがわかる。

「その様子を見るとお前、通知表はいい結果だったようだな……」

 俺もまあ、そこそこな数字だったけど。

「うん。一年のうちは楽勝ですよ! 体育以外はね!」

 訊くと、体育だけは『2』が付いていたとのこと。体育で『4』や『5』を狙うのはかなり大変らしい。俺は因みに『3』だった。運動がもともと得意なわけではないとはいえ、樋田と大差がないというのは少し悔しいものがある。しかし、運動部の奴でもなかなかいい数字は付けてもらえなかったようで、俺がさらに上を目指すというのは不可能に近いのかもしれないが。

 他の教科の結果は訊かないでおいた。前回のテストの時のようなことを避けるためだ。

「ところで茅野君、いつ遊ぼうか?」

「え?」

 最近、前に比べれば樋田がよく喋るようになった。気まずくならなくなったのはいいことだが、こいつの場合、話が飛ぶことが多いのでそこはどうにかしてほしいものだ。

「だってほら、今日決めておかないと、次に会えそうなのはひまわり祭の時くらいじゃない? そこで確実に会えるってわけでもないし、決めるとしたら今日じゃないと」

「言われてみればそうだな……俺は別にいつでもいいけど」

「私も暫くはいいかなあ……平日ならいつでも大丈夫だよ」

 平日……ということは、土日は駄目なのか。

 そういえば前にも、土日は駄目だと言っていた。家庭の事情だろうか。同じ帰宅部でも、俺みたいに暇を持て余しているわけではないらしい。案外、塾に通っている、とか? 彼女の成績なら、それでも納得できる。

「なら、明日遊ぼうか!」

「ああ、明日な、明日……って、明日!?」

 最近、こんなパターンのツッコミ方が増えてきていないだろうか。

「茅野君、最近そればっかだねえ……もうちょっとレパートリー増やすべきだよ」

 樋田にも言われてしまった。しかし、樋田にとって重要なのはレパートリーの数なのか。話をまじめに聞いてもらえていないとは取らない辺り、樋田らしいというかなんというか。

「で、どうなの? 明日でいいですか」

 断る理由もない。

「いいよ、別に」

 まあ、此処で受ける理由もないのだが。


   ☆


「母ちゃん、明日、友達来ることになったから」

 母が帰ってきたところで報告すると、またもや母は目を潤ませた。

「どうしたのよ、裕也。ここ最近いいニュースばっかりで、お母さんは何かあったんじゃないかと思ってしまうよ」

 ばっかりって、まだこれで二つ目じゃないか。母は二つで満足なのか。しかも、友達と遊ぶという程度のことで。俺も随分低く見られたものである。

 しかし、今までそういうことに無縁だったのだから、母にどう言われても仕方ない。

「別に? ただ、同じクラスに変わり者がいるからさ。そいつが絡んでくるんだよ」

「あら、ありがたい事じゃない。そういうお友達は大切にするんだよ。ひまわり祭を一緒に回るって子?」

「それは別の奴ら。明日来るのは樋田って言って、んーと、変な奴だよ」

 樋田の説明をしようと試みたが、途中であきらめた。説明のしようもないし。

「あんまり友達のことを悪く言わないの。あんただって十分変わってるでしょう? それより裕也、部屋はきちんと片づけとくのよ? お母さん、明日も普通に仕事なんだから」

 こんなやり取り、いつ振りだろう。懐かしく思う反面、片づけをするのは面倒だと思った。

「うへーい……」

 だから俺は、気の抜けた返事をしながら自分の部屋に戻った。


   ☆


 翌日。

 俺は樋田を迎えに行くために家を出た。昨日の話で、午後一時くらいに、いつもの樋田の折り返し地点に集合ということになっていた。樋田は俺の家の場所を知らないから、連れてきてやらなくてはならないのだ。

 午前中は、部屋の片づけをして時間をつぶした。今まで部屋を片付ける理由がなかったから、とても久しぶりの片づけだ。年末の大掃除の時すら、俺の部屋だけは母に掃除をさせなかったので、俺の部屋は散らかり放題である。掃除機をかける程度は周期的にやっていたが、何せ物が多いので、隅の方に埃がたまっていた。

「これは確かに女子を呼べる部屋じゃねえ……」

 それなら他の部屋を使えばいいではないか、という案は、最初に自分で却下している。それというのも、今日の目的は樋田に俺の持っている漫画を読ませることなので、俺の部屋にある大量の漫画本を移動させるのが面倒なのだ。そのちょっとした手間を惜しむために、更に面倒なことを始めるというのは矛盾しているような気もするが、俺もこの部屋はいい加減整理しないとヤバいと思っていたところだったのだ。提出するべきプリントやら何やらが見つからないということがざらにある。

「さてと……」

 時間はあまりない。ざっと分別しながら、床に広がっているものをまとめていく。一時間ほどその作業をしただけで、大分すっきりした。その後、掃除をしたりいらないものを処分したりしていると、午前中はあっという間に終わってしまった。

 そろそろ家を出なければいけない。

 俺は慌てて軽食を摂り、家を出た。


 待ち合わせ場所に着くと、既に樋田が待っていた。

「あ、ごめん、待った?」

「うん、待った待った。暑すぎて、そのうち蒸発するんじゃないかと思ったよ」

「何だそれ」

 ここは普通、「私も今来たところだよ」みたいな言葉を返すところではないだろうか。まあ、それはそれで、樋田に気を使われているという状況に気持ち悪さを感じそうな気もするが。

「女子を炎天下に一人で待たせるなんて、駄目だよ茅野君」

「だからごめんって」

 そんなことを言いながら歩き出す。

「こっちの方来るの、初めてかも」

「そう言うもんだろ。俺だって、自分の住んでる地区以外のとこにはあんまり行かないし」

 俺の家は、学校から徒歩で四十分くらい。俺的には何ら問題ない距離だが、樋田も一緒なので、少しペースを落として歩く。

「そう言えば、お前って体弱いんだよな? 結構歩くけど、大丈夫か?」

 樋田が休んだ時に、確か光太郎がそう言っていた気がする。身体が弱いせいで学校をよく休んでいた、と。

 因みに、樋田はあれ以降一度も休んでいない。そんなに問題視する必要もないだろうか。

「ん、茅野君がそんな情報を持っていたとは……そんなに気を遣わなくていいよ。身体が弱いって言っても、歩くくらいなら大丈夫だから」

「そうか? ならいいけど」

 そこからは、まあ適当に会話をしながらひたすら歩いた。大丈夫とは言っていたが、家に着いたころは樋田もそれなりに疲れたようだ。お茶を出してやったら、一気に飲み干してしまった。

「いやあ、すんませんねえ。いただきました」

「……良い飲みっぷりでした」

 なんて、俺等もだいぶやり取りが続くようになってきた。しかし、此処から樋田は読書タイムに入るので、一緒に居て一緒に居ないようなものだ。その間俺はというと、他人の目があるうちに宿題をしてしまおうと思う。樋田は読書をしているので俺を見ているわけではないが、他人がいるか居ないかだけでかなり違うものだ。

「漫画、そこにあるので全部だから。適当に読みたい奴読んで」

 六畳の部屋に二人。片づけてかなりすっきりさせたつもりだったが、こうしてみると案外狭いものだ。夏ということもあり、少し暑苦しい。

「いいな……、自分の部屋?」

「まあね。俺ん家、部屋だけなら無駄にたくさんあるから」

 外から見た感じだと、樋田の家も十分広そうだったが。この様子だと自分の部屋がないのだろうか。

「さてと、じゃあ失礼しまして、早速読ませていただきますよ」

 早速樋田は本棚を物色し始めた。俺はその様子をぼうっと眺めていたが、程なくして宿題を始めた。


   ☆


 気が付くと、五時を少し過ぎていた。

「おい、樋田、いつまで居るつもりだ?」

 今から帰っても六時ぎりぎり前と言ったところか。流石にそろそろ帰った方がいいだろう。

「おっと、本当だ。そろそろ帰った方がいいよね? ああ、今いいところだったのに……」

「読みたい奴持ってけよ。続きならいつでも貸すし」

「本当? ああ、でもいつ返そう……次の予定だけ立てちゃう?」

 ……そんなことをしているうちに、時間はどんどん過ぎていく。俺は別に何時まで居てくれても構わないのだが、樋田はこれから四十分かけて帰らなければいけないのだ。夏場だからそこまで暗くならないからいいものの、樋田のお家の方は心配しないだろうか?

 樋田は大丈夫だと言ったが、そうは言っても何かあったら俺の責任にもなるので、途中まで送っていくことにした。

「いやあ、こんなに借りちゃって、ごめんね?」

 帰り道、嬉しそうににこにこしながら樋田はその事を何度も俺に言ってきた。

「……いい加減ウザいぞ?」

 趣味が合うか少し心配だったのだが、あの様子を見て安心した。だからと言って、そう何度も言われても反応に困るだけだ。

 あとから聞いたが、今日だけで十冊ほど読み終わったそうだ。実質読んでいたのは三時間ほどで、その間に十冊と言うと、一冊を二十分もかけずに読んでいたということだ。俺だと一冊三十分はかかるのに。

「樋田って読書好きか?」

 この質問は、前にもしたような気もするが、つい尋ねてしまった。

「うん。まあ、そこそこ好きだよ」

 やはり、活字の好きな奴は漫画を読むのも早いんだなぁ。


 樋田が次に家に来るのは、ひまわり祭後だ。

「はあ、結構長いなあ、あと何日待てば続きが読めるの!」

 五冊ほど持ってきているというのに、既に次を求め始めている樋田。

「ちょっとの辛抱じゃないか。それに、そのシリーズはどっちみち完結してねえから、中途半端なところまでしか読めねえぞ?」

「んん……新巻出たら貸してくれるかい?」

 それに関しては構わないが、それにしても気の早い奴だ。

 と、六時のチャイムが鳴った。まだ、半分ほどしか進んでいない。話をしながら歩いていたので、ペースが随分落ちていたようだ。

「おい、ちょっと急いだ方が良くないか?」

「あ、もしあれなら、此処まででいいよ? 私、別に大丈夫だし」

 ということは、時間はそこまで気にしなくていいということか。

「あー、そうだな。この辺からなら人家もあるし、万が一何かあっても大丈夫か。じゃ、気を付けて帰れよ?」

「茅野君、お母さんみたい! 案外お世話好き? 心配性なんだね」

 人が折角心配してやっているのに、茶々を入れるとは何事か。

 とはいっても、確かにこれは俺がただのお節介な奴だっただけなので、なんとなく恥ずかしくなって「うるせえ!」と言いながら踵を返した。

「じゃあな」

「ばいばい」

 樋田と別れて独りで家へ帰っていると、とてつもなく虚しくなり、同時に今日一日の疲労が一気に降りかかってきたが、嫌な疲れではなかった。

 まんざらでもなかった、ということだろうか。

今回は、今まで一番長いんじゃないでしょうか……確認してないので違うかもしれませんが。なかなか書いていて楽しかったです。

個人的に、茅野君のお母さんが好きです。何か雰囲気がふんわりしていそう……それでいて、夫婦仲が悪くて離婚しているという設定なんですよね。その辺は、まあ、「人間だもの」という言葉で片付けられてしまうと思います。人間、ふんわりしているだけでは生きていけません。

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