5.「お前、何か変わってるなあ!」
テストからは解放されたが、一学期はまだ続く。
俺は相変わらず適当に授業を受け、放課後は樋田と、時々光太郎と共に帰るという日々を繰り返していた。
「夏ってかったるいよなー」
今日は二週間ぶりに光太郎と一緒だ。というのも、先々週の土曜日は授業参観があったので、その次――つまりは先週の月曜日は振替休日だったのだ。
「まだ七月入ったばっかだぜ? なんでこんなに暑いんだよぉ」
昼間降っていた雨のせいで地面が湿っており、アスファルトから蒸発したむしむしとした空気が肌にまとわりついてくる。風もないので、確かにこれは嫌な暑さだ。
「それを言うなら光太郎、今日はまっすぐ帰ればよかったのに。わざわざ歩く距離を長くしてるのはお前だろ」
「茅野君、その言い方は意地悪だよ。こうちゃんが自らそんな選択できるわけないじゃない」
間延びした喋り方をしている樋田も、額に汗を浮かべていた。樋田の場合、髪の毛が長いから、その分余計に暑いんじゃないかと思う。
「おい光紀、それはどういう意味で言ってるんだよ!?」
「ふふふ。さあ、どういう意味でしょうねー」
相変わらずこの二人のやり取りは面白い。光太郎がいる時と居ない時では、やはり居る時の方が樋田はよく喋る。
「あ、ところでさ、お前らってもう誰と行くか決まってるのか?」
と、光太郎が話を変えた。主語が抜けていたが、まあ、何に付いてのことを言いたいのかは分かる。
「ひまわり祭のことだろ?」
ひまわり祭。
この村で最大のイベントだ。八月の第一土曜日に毎年開かれるのだが、結構遠くからも人が来たりする。
このくらいの時期になると、皆一緒に行く相手を決め始める。俺も小学校低学年くらいまでは友達と行っていたが、最近は一緒に行くような相手も居らず、母親と一緒に花火だけ見に行っていた。
「俺は別に。いつも家族と行ってるし」
「悲しい奴だな!」
「悲しい人だね!」
……二人同時に突っ込まれると、少しばかり心に来る。
「まあ、いいや。で、光紀は?」
「あー、どうだろう。今、クラスの女子と相談中」
樋田はいたって普通に青春しているからな。相談する相手すらいない俺にとっては羨ましい限りだ。
「そっか……いやな、このメンバーって割と居心地がいいもんだから、もしよかったら一緒に回れねえかなって思ったんだけど」
「えっ、光太郎は、クラスの奴とか部活の奴とかと回らないのか?」
樋田はともかく、光太郎と回れるというのは嬉しい提案だ。光太郎がそれでいいなら是非ともお願いしたいくらいだが。
「ああ、行くかって話にはなってんだけど、一応二人の予定も聞いてみようかと思ってさ」
「そうなのか……」
クラスの女子と話が出ているのなら、樋田は当然そちらをとるだろう。光太郎からの折角の提案だが、無しという方向になるのだろうと思う。少し残念だが、今までと同じというだけだから、そこまで気を落してはいない。そう言う声を掛けてくれただけで、俺は十分満足なのだ。
「私はやっぱし女の子たちと回りたいなあ」
やはり。樋田はそう言うだろうと思った。樋田の中で俺はあくまで『興味がある奴』というポジショニングなのだ。
「なら、裕也は俺等と一緒に回ろうぜ!」
「ああ……って、ええ!?」
「なんだ、嫌か?」
嫌ではない。
しかし、まさかそんな提案をされるとは思っても見なかったのだ。
「だって、お前と一緒に回る奴らはいいのかよ? 俺なんかと一緒で」
光太郎は基本良い奴だから俺のことを受け入れてくれているが、他の奴が俺のことをどう思っているかといえば、当然悪く思っている筈なのだ。例え俺と全く関わりのなかった奴らでさえ、噂を聞いたことがあれば俺にいい印象を持つわけがない。
「ああ、大丈夫大丈夫。こんなこともあろうかと思って、あらかじめ話は通してあるから」
「用意周到だねえ、こうちゃんは」
ニカニカと笑う二人に対し、俺は少し戸惑っていた。こんなにトントン拍子で進むものなのか。正直、出来過ぎていて受け入れがたい。
「で、裕也はどうなんだ? 家族と一緒の方がいい?」
「それはねえよ! もし本当にいいんだったら、同年代と回った方が楽しいに決まってる」
ああ、言いきってしまった。
「じゃ、一応皆に話を通しておくな。大丈夫、皆お前の噂なんて信じてねえから。良い奴ばっかだよ」
光太郎の笑顔を見ていると安心できる。
俺も笑い返した。
☆
帰ってから今日のことを親に話したところ、泣いて喜ばれた。
「ようやくあんたにもお友達ができたのね!」
俺の肩を叩きながら、自分の涙をぬぐいながら、母は声を上げる。
「泣くほどかよ」
表面上はそう言ってみたものの、俺も心の中では安心していた。今までは迷惑をかけっぱなしだったから、こうして喜んでもらえると俺としても嬉しい。しかし、
「お父さんにも報告しないとねえ」
という台詞に俺は驚いた。
「連絡とってんのか?」
両親は何年も前に離婚した。俺が問題を起こす少し前のことだ。夫婦間の仲はあまりよくなく、離婚する数か月前からは別居生活をしていたから、俺にとって父がいないことは当たり前のような感じがした。だから、縁が切れていろうと切れてなかろうと、俺には興味のない事だった。
離婚した理由は浮気とかではなく、夫婦仲の悪さだ。それなのにどうして今頃、父親が出て来るというのだ。
「別れてみるとね、ほとぼりって冷めるものなのよ。お父さんにとってはほら、あんたはたった一人の息子なわけじゃない? やっぱり心配みたいだよ。仕送りだってしてくれてるし」
そうだったのか。
「そういうもん?」
「そういうもんなの」
それから母はふふふと笑った。
「さてと、夕食にしましょうね」
そう言う母の声は心なしかいつもより明るい気がして、俺は胸が一杯になった。光太郎にはまた改めて、きちんとお礼を言っておかなければならない。
☆
ある日の休み時間、廊下で光太郎にすれ違ったところで呼び止められた。
「裕也」
他の生徒も一緒だ。学校で声を掛けられることなどあまりないから少し緊張する。何の用だろう?
「こいつら、ひまわり祭を一緒に回るメンバーだ。お前も前もって知ってた方がいいかと思ってさ」
光太郎の後ろに立っている三人が、それぞれに「よっ」とか「宜しく」とか声を掛けてくる。
「どうも……こちらこそ宜しく」
頑張って笑みを浮かべてみたが、緊張のあまり頬が引きつって上手く笑えなかった。見る限り、光太郎が言っていたように皆俺と一緒に居ることを気にしていないようだ。
「でも安心したよ。正直、茅野ってなんかもっと怖い奴なのかと思ってからさ」
はにかみながら一人がそう言った。ネームを見ると、茂崎翔也と書いてある。
「俺、怖い奴じゃなかった?」
まだ一言ずつしか言葉を交わしていないというのに、そう断言するには早すぎやしないだろうか。
「うん。何かオーラがそう言う感じだよ!」
と言ったのは――谷川昴君。オーラって……。
「そう言う感じってどういう感じだよ」
最後のは相沢圭祐君。
三人のやり取りに、思わず笑いがこみあげてきた。
「皆は、仲がいいんだな」
思ったことを言ってみただけだったのだが、三人は俺の台詞に目を丸くした。そして、ケタケタと腹を抱えて笑い出した。
「お前、何か変わってるなあ!」
「やっぱり怖い奴なんかじゃねえや!」
そんな様子の三人を見て、「だから俺の言ってる通りだろ?」と光太郎までもが笑っていた。
そうか。普通、『仲がいいんだな』なんてことは言わないのだ。うーん、今まで人と関わってこなかった分、こういう時に勝手がわからなくなる。現代社会において他人と関わることは大事なことなのだなあと、改めて痛感した。
「そんな事より、ちょっと急いだ方が良くないか? 用が済んだんなら……」
「お、そうだな。まあ、そう言うことだから。またな、裕也」
「ああ」
四人と別れた後、俺は教室に向かいながら考えていた。
(本当に、家族以外の奴とひまわり祭に行くんだな、俺……)
今まで考えても見なかったことだが、友達と回りたいと思っていないわけがなかった。自分が思っていた以上に、自分が浮かれていることに気づく。頬が勝手に緩んでいた。