ジェリービーンズ (Jelly Beans)
彼女と久々に会えることに浮かれていたのがつい先ほどまでのこと。
喜びで胸をいっぱいにしながら彼女との待ち合わせ場所に向かった僕とは反対に、先に席についていた彼女は深刻な表情で、どこか思いつめた雰囲気があった。
僕は彼女になにかあったのだろうかと戸惑いながらも、とりあえず、店員を呼んで飲み物を頼む。
お互いの近況についてぽつりぽつりと言葉を交わし、運ばれてきた飲み物を飲み尽くしたところで、彼女は、話さなければならないことがあるの、と僕にたぶん彼女が一番僕に伝えたかったであろう話を切り出した。
好きな人ができたこと。僕が忙しくなって会えない日々が続き、その人に惹かれていったこと。僕と会えない日はその人と会うようになり、僕と関係を続けながら、自然とその人とも付き合うよう形になっていたこと。その人との結婚話が進んでいて、両親との挨拶ももうすでに済んでいる。
「だからお願い、私と別れてください。」
突き詰めていえば、彼女の人生に僕はもういらないのだ、と。
つまりはそういうことだった。
流れたのは沈黙。話すこともなければ話したいこともない。何か言おうとしても、言葉がのどに詰まり、外に出ていってくれない。自分が彼女について、どう感じているのかすら、色々な感情が渦巻いていて、わからない。
「……ジェリービーンズの話をしてもいいかな?」
ようやく胸の奥から絞り出せたのは、どうでもいいようなそんな話。
窓から見下ろせる数えきれないほどの人の営みから作り出された美しい街の夜景を背に、僕は独り言のように言葉を放つ。
「合成着色料が使われていることまるわかりの毒々しい色合いに、柔らかくもなければ固くもない、中途半端すぎて気持ちの悪い噛みごたえ。
口の中に広がるのは、あまったるいばかりで深みのない、安っぽい味。
……だけど、見た目だけはどこまでも可愛らしく。
一つ食べると強く印象に残って、どうしてかいつまでも癖になる。」
そうして街の景色から、今にも泣きだしそうな表情の彼女へと視線を遷す。
「……なぁ、それってまるでおまえみたいじゃない?」
そんな彼女の表情を見て、泣きたいのは僕の方なのに、と僕は思う。
「最悪。」
ただひたすら彼女を傷つけたかった。僕の言葉が楔となり、彼女の心に治ることのない傷がつけばいいと思った。何か思い出すたびに僕のことを思い出し、その痛みに苦しめばいい。
「……もういい。別れよう。俺も、お前なんか、もういらない。
勘違いするなよ、お前のために分かれるんじゃないから。
お前みたいなバカ女、こっちから願い下げってだけ。
こんな女のために、いままで俺が何やってきたのかって思い出すだけで腹が立つ。」
僕はコートと荷物を取り、彼女を置き去りにして、席を立つ。
そうして、憎しみを込めて、彼女にもう一度悪意を囁く。
「ああ、そうだ。
お前のことなんて、もう欠片も好きじゃない。
二度と、俺の前に現れないで。」
コートも身に着けず、吐く息も白く漂う冬の道路を、一心不乱にどこに向かおうとするわけでもなく歩き続ける。
あんな女大嫌いだ。最低最悪のビッチ。僕の人生最大の汚点。
そう罵りながら、浮かんでくるのは彼女と過ごした日々で。彼女が笑ってて、僕も笑ってて。
嘘だ嘘だ嘘だと心の中で否定する。
こんなのすべて嘘っぱちだ。
彼女が嫌いなことも、彼女を好きなことも、同じくらいに嘘っぱち。
こんなのすべて嘘なくせに、嘘じゃないと嘘をつく。
ああ、わかってる。
彼女は僕を騙していたわけだけれど、僕だって同じくらい、自分のことを騙してる。
彼女が嫌いで大嫌いで、でもそれと同じくらいに、彼女のことがまだ好きだ。
彼女のことが好きで好きで好きだったから、僕のことを裏切った彼女のことが許せなくて、なかったものとして忘れられるくらいなら、痛みとしてで構わないから僕を覚えていてほしかった。
どうしていいのかわからない。
どうしたら、こんな思いを、しないですむようになるんだろう。
ぐちゃぐちゃの感情と、かき乱された心。思い出される記憶と、さっき聞いた彼女の言葉。
……ああ、そうか。
好きだよとはもう言えない君へ。
結婚おめでとう。愛してた。
男女間の恋愛については疎いので、妄想で書きました。
こんなこと、ふつう考えねえよ、とか思っても、妄想話としてお許しください。
また、なにか、アドバイス等ありましたら、よろしくお願いします。